伊藤の指し手が輝きを取り戻す
千日手が濃厚だった金打ちではなく、角を打って受けたのが、結果的にまずかったということになる。これにより、伊藤の指し手が再び輝きを取り戻した。
それまで働いていなかった壁銀の悪形をあえて解消させ、馬を相手に渡す代わりに、桂を盤上に残して飛車を敵陣に成り込む。この手順が会心の仕上げとなった。
佐々木がつぶやく。
「寄せ合いの最中に予定変更するなんて普通はダメなんだけど、イトタクは本当にしぶといからなあ」
そしてスクリーンに映し出される伊藤の対局姿をじっと見つめ、「うん、伊藤良し」と勝利を断言した。
斎藤は最後まで執念の粘りを見せたものの、伊藤は落ち着き払った手順で仕留めた。19時24分、117手にて伊藤の勝ち。
大盤解説会場での両者の姿
終局後のインタビューを終え、両対局者が大盤解説会場へと入場してきた。伊藤叡王の姿を見て、私は目を見張った。その立ち姿が堂々としており、とても大きく見えたのだ。
2023年秋の竜王戦で初めてタイトル戦の舞台に登場し、敗れてしょんぼりとしていた当時の姿とは、完全に別人だった。
そして斎藤八段は……唇をぎゅっと噛みしめてからの入場だった。勝負の世界には勝者と敗者しかいないとは言え、その悔しさが滲む姿を見ると胸が締め付けられる。
高見もその空気を察し、インタビューを簡潔にまとめると、観客からの温かく大きな拍手とともに両者を送り出した。
これで伊藤は叡王防衛、タイトル獲得4期となった。竜王戦は1組、順位戦はA級と、23歳の棋歴としては歴代のレジェンドたちに比肩する圧倒的な実績だ。
昨年の叡王戦第5局のレポートで、私は「伊藤の守りの1年は終わった。今年は攻めの1年になるであろう」と書いた。
その言葉通り、彼は王座を奪取し2冠となり、叡王を防衛し、さらには7月から第67期王位戦七番勝負、藤井聡太王位への挑戦を決めている。攻勢を強める若き叡王の進撃は、まだまだ止まりそうにない。
翌日、伊藤に電話で話を聞くことができた。





