独立に反対した妻“夫の夢より、子供たちの生活”
次に選んだのは、意外にもラーメン店ではなかった。阿佐ヶ谷のミートパスタ専門店「ミート屋」。カウンターのみの小さな店で、どんぶりスタイルのパスタを出す個人店だった。
「ラーメン屋っぽかったんですよね。作り手とお客さんの距離感とか、自分がやりたい形に近かった」
ここでは9年働いた。個人店のお店の運営や店つくりなどを学び、充実した日々だった。
だが、この頃は苦しかった。パスタ屋で働きながら、ラーメンへの思いは次第に大きくなっていく。忙しさのあまり、家庭に割く時間は少なく、妻と自分の心の距離がいちばん遠い時期でもあった。体力的にも精神的にも追い込まれていた。
その姿を、奈実さんはずっと見てきた。
二人が出会ったのは、「麺屋武蔵 新宿本店」時代。交際からわずか数カ月で妊娠が分かり、そのまま結婚した。
仕事で火傷をして帰ってくる夫の手当てをした。疲弊して「無」になっていく姿も見た。
だからこそ、奈実さんは独立に反対し続けた。
「私は、守らなきゃいけない生活があったので」
夫の夢より、まず子供たちの生活。それが現実だった。
夫「店をやらせてくれないなら、離婚しようかとも」
実は田中さんは、結婚前から奈実さんに言っていた。
「俺はラーメン屋を開きたい」
奈実さんの実家へ結婚の挨拶に行く前、新宿駅のうどん屋でそう伝えたという。
だが、奈実さんはまったく覚えていない。
「それどころじゃなかったんですよ(笑)。親に何を言われるんだろうって、それで頭がいっぱいで」
田中さんからすれば「大事な話をした」のに、奈実さんにとっては記憶にも残っていなかった。
その後も、夫が「店を出したい」と言うたびに反対した。しかも、パスタ屋時代に自宅で試作していたラーメンが、ことごとくおいしくなかった。
「“俺、ラーメン屋やりたい”って言うのに、出てくるラーメンが全然おいしくないんですよ(笑)。“ふざけんな、うまいもん作ってから言ってくれ”って」