正直、おいしくなかった。オレンジ色の特注どんぶりまで完成している。店のオープン日も告知済み。それなのに、肝心のラーメンが仕上がっていない。奈実さんは焦った。
「大丈夫なの? 貼り紙変えるよ? まだ延期できるよ?」
それでも田中さんの返事は一貫していた。
「俺はできる」
その言葉を聞きながら、奈実さんは心の中で「いや、何やってんだよ!」と何度もツッコミを入れていたという。
夜通し試作、完成したのはオープン当日朝
店内の空気は笑い話では済まないほど険悪だった。オープン準備に追われる中で夫婦は大喧嘩。雰囲気は最悪。まさに修羅場だった。
しかも、サプライズで手伝いに来てくれた「カッパ64」の仲間たちに囲まれ、奈実さんは居場所をなくして帰宅してしまう。
「一緒に店をやるって言ったのに、何なんだろうって」
家で子供たちに愚痴をこぼした。
それでも田中さんは諦めなかった。深夜まで試作を繰り返し、たどり着いたのが現在の看板メニュー「タナニボ」だった。「カッパ64」時代に作った限定麺を思い出し、グレーがかった煮干しスープを、オレンジ色のどんぶりに注ぐ。
「……あ、これいける」
オープン当日の朝、ようやく完成した一杯を食べた奈実さんは「おいしい!」と声を上げたという。
夫婦最大の危機は、こうしてギリギリのところで乗り越えられた。ギリギリだった。本当に、ギリギリだった。
“変だね”って言われるのが好き
2021年、コロナ禍の中で「たなか青空笑店」はオープンした。「カッパ64」時代の常連客が駆けつけ、初日から大反響だった。
「タナニボ」は濃厚な煮干だが塩味が高すぎず、とても食べやすい。煮干を炊いて、最後はミキサーにかけて濾して作るその一杯は、ラーメンの塩味が苦手な奈実さんにも大好評の一杯だ。開店から5年、地元の常連客に支えられている。
「靴を脱ぐラーメン店」という珍しいスタイルも話題になった。実は当初、土足禁止にするつもりはなかったという。だが、「カッパ64」の島田社長に「絶対、靴を脱ぐ店がいい」と勧められた。結果的に、それが店の大きな個性になった。