マイケルの大成に虐待加害者の父が与えた影響は?

 貧困からはいあがらんとするジョーの悲願は、マイケルが小学生のうちに叶った。メジャーデビューを果たしたジャクソン5がヒットを連発していき、黒人少年のグループでありながら世界的な成功をおさめたのだ。

ジャクソン5 『20th Century Masters: Collection』ジャケット(Amazonより)

 当初こそ「幸せな大家族」のイメージで人気を博したジャクソン家だが、子どもたちが成長して独立していくとジョーの虐待も公にされていった。

 もちろん現代では許されない所業だったが、時代や環境の事情もあった。まず、1960年代のアメリカでは、体罰を問題視する概念が今ほど共有されていなかった。黒人の場合、少しでも問題児と見なされれば警察や社会から厳しい扱いを受けるリスクも高い。そして、ジャクソン家が住んでいたゲーリーは、ギャングやドラッグが跋扈する危険地帯。家長のジョーとしては、子どもたちを厳しく育てて非行から遠ざけたい想いもあったのだ。

ADVERTISEMENT

 ジョーは、教育方針を批判されても持論を貫いた。「子どもたちに厳しくしてよかったよ。みんな礼儀正しく、プロ意識の高い子に育った。だから世界中から愛されたんだ」。とは言っても、自分は遠征中に息子たちの前で堂々と不倫し、隠し子までつくっていたのだが。

「キング・オブ・ポップ」自身、完璧主義と規律を叩き込んだ父なくして大成しなかった、と認めたこともある。

 繊細な人柄だったというマイケルは、ハリウッドのほかのキッズスターと比べれば「マシな境遇」だったことまで自覚していた。いわく、強欲な親たちとちがって、ジョーは子どもたちが稼いだお金を搾取したりせず、不動産などの資産も確保していた。