「子どもは労働力」とされ、戦前は驚異的な高出生率を誇った東北地方。しかし江戸時代には飢饉による「口減らし」の歴史もあった。かつての多産地域は、なぜ戦後になって激変し、九州に逆転されたのか? 知られざる人口の近現代史を、京都大大学院で地理学を専攻する重永瞬氏の新刊『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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九州の出生率が高くなったのは最近のこと

 ここからは、東北と九州を事例として、なぜ出生率の東西差が逆転したのかを考察する。沖縄については、もともと独立した国家があったことや一時期米軍の統治下にあったことなどから、本土の諸県との比較が難しい。また、近代以降の移住者が多い北海道も、ほかの東日本とは性格が異なる。

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 そのため、本章では「東日本」・「西日本」という語を、北海道および沖縄を除いたものとして用いる。特に、東北を東日本の典型として、九州を西日本の典型として論じる。もちろん、「東」と「西」は単純に分けられるものではないが、そうした細かな留意点については本章の最後で述べる。

 図6-4は、東北と九州の出生率の推移を比較したものである。

 

 戦前は東北のほうが顕著に出生率が高く、九州は全国平均よりもやや上といった程度だった。戦後は全国的に出生率が急低下するが、その過程のなかで東北と九州の出生率は同水準となった。大都市圏のほうが出生率が低いという傾向は、ほとんど常に見られるものであるため、非大都市圏にあたる東北・九州は、おおむね全国平均よりも高い出生率を維持している。

 例外的に、1970年代は全国平均と同じくらいになっている。これは、東京大都市圏の拡大によって子育て世帯が関東近郊へ流出し、東京を除く関東での出生率が高まったためと考えられる。