翌朝。寅蔵は起きると、家の周りを調べた。クマの足跡がいくつもあった。きっと夜のうちに何度も歩き回っていたのだろう。大きな糞もあった。嫌がらせ以外の何物でもないと思った。
「くそう、今度来たら、撃ち殺してやる」
寅蔵はムッとして、銃を抱えるとクマの足跡を追った。しかし、枯れ葉が多く、足跡の追跡はできなかった。
寅蔵は、両隣りの家に「夜中から朝にかけてクマが来たようだが、お宅は大丈夫だったか」と聞いた。すると、そんな気配はなかったという返事だった。さらにその隣りの家に聞いてもクマは来ていないということだった。
(ということは、来たのは俺の家だけか。やっぱり、昨日のクマ公の奴、仕返しに来たのかもしれないな……)
離れた農家に嫁いだ娘のところにもクマが…
その夜、寅蔵は、銃を横に置き、酒も飲まずに居間でクマが来るのを待った。7時、8時になってもクマの足音は聞こえなかった。今夜は明日の朝まで見張っていようと決めていた。9時頃、電話が鳴った。奥さんが出て、「えっ、クマがいるって。ほんとうかい」といっている声が聞こえた。
「誰だ」
「佳子です」
「えっ?」
寅蔵は急いで立ちあがると、受話器を受け取った。
「クマがいるって、どこだ」
「家の周りをクマがさっきから歩いている。ときどき壁にぶつかったりして、怖くて、怖くて。子どもたちも怖がっています。お父さん、助けてください」
受話器の奥から孫たちの泣き声が聞こえた。
「健介はいないのか」
「会合があって町に出て、まだ帰ってきていない」
「よしわかった。今すぐ行くが、戸締まりをして一歩も外に出るな」
そういうと、寅蔵は銃と懐中電灯を持って玄関を飛び出した。佳子は寅蔵の娘で、少し離れた農家に嫁いでいた。寅蔵は走りながら、可愛い孫の顔を思い浮かべた。銃は夜間発砲禁止だが、可愛い孫を守るためには、決まりは二の次だと思った。
「待ってろ、今すぐクマをやっつけてやるからな」
そう呟きながら走った。
やがて、家に着いた。2階の窓から佳子がおびえた顔をして、「さっきまでいたけれど、山のなかに逃げたみたい」と震えながらいった。
「よし、わかった。窓を閉めてなかに隠れていろ」
