顔を70針、腕の噛み傷を20針縫う手術

 顔見知りの奥多摩の救急隊員がヘリポートまで運んでくれ、青梅市の総合病院までヘリコプターで移動しました。

 まず病院で行なわれたのは入念な洗浄でした。野生動物に噛みつかれると、どんな悪い細菌が入るかわからないからです。顔にどれだけの水(?)をかけられたでしょうか。次に涙腺の検査をしました。涙腺が損傷していると涙が止まらなくなったり、あるいはドライアイになるといいます。

 救急の処置室で何時間の手術が行なわれたのかは記憶にありませんが、メチャメチャになった顔をときおりぼくに鏡を向けて確認をとりながら、丁寧に70針ほど縫ってくれました。腕の噛み傷も、筋肉を含め20針縫いました。

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©AFLO

 この手術中、「テレビやラジオのニュースでも流れているよ」と医者から聞かされました。「東京、熊、登山家」――。これが面白かったのかもしれません。

 熊のことを決して恨んではいません。非常にまれな体験をさせてもらったと思うことさえあります。ひとつだけ残念なのは、「世界で活躍する登山家」から「熊に襲われた登山家」と世間から見られるようになったことくらいでしょうか。

 病室では友人から「さすがに不死身だね」と褒められ(?)、「君の人生は映画の『ダイ・ハード』そのものだ」ともうらやましがられ(?)ました。

 熊に襲われてから3カ月後には、サングラスを携えオーストラリアへクライミングに出かけました。そのころもまだ傷痕は激しく、医者からは元の顔に近づける手術も勧められていましたが、結局、あまり気にもならなかったので行ないませんでした。

 それにしても、人間の再生能力はすごいです。

 以前よりも鼻筋がなくなり、鼻での呼吸はほとんどできないものの、半年後には昔の顔に徐々に近づいてきました。チベットのクーラ・カンリ遠征前には鼻の穴の手術を行ない、高所登山においてもっとも重要な呼吸もわずかに改善されたのです。

 熊に襲われることは、まさに想定外でした。いまでは、先の見えない森に足を踏み入れると警戒心が高まります。熊よけの鈴をうるさく鳴らしながら歩く登山者たちを馬鹿にすることも、もうしません。

 はたしてぼくに噛みついた熊は元気でしょうか。子熊は大きくなったでしょうか。

 どこかでまた出会ってみたいと、ひそかに願うことがあります。

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