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城下町としての白石には何があった?
白石蔵王駅は、それ単体では取り立てて何があるわけでもない小さな新幹線駅だ。
が、本質的には白石城を中心にした城下町をルーツに持つ古い都市のターミナル。在来線の白石駅の役割を置き換えて長距離輸送を担うのが、白石蔵王駅なのである。
では、そんな城下町都市・白石とはどんな町なのか。
歴史を遡ると、戦国時代にはこの一帯、伊達氏が治めていたという。その後、蒲生氏や上杉氏が短期間治めるが、江戸時代には一貫して伊達氏仙台藩の領地の一部だった。
当時は一国一城令があって、本来ならばひとつの藩にひとつのお城しか認められていない。ところが何にでも例外はあるもので、白石もそのひとつ。
特別に城を置くことが許されて、重臣の片倉氏が入っている。藩境に近く、最前線の守りの要だったのだろうか。
ちなみに、この片倉さん、大坂の陣の折にちょっとした逸話を残している。大坂の陣の後、かの真田幸村(信繁)の娘を片倉重長が後妻として迎え、さらに幸村の次男も保護したというのだ。
秘かに幸村から頼まれたとか、乱取りの末に東北の地まで連れてきたとか、その経緯には諸説あるらしい。が、いずれにしても幸村の血はその後も仙台藩の一藩士として繋がってゆく。
そういえば白石蔵王駅の駅舎には、真田の家紋として有名な六文銭があしらわれていた。いったい何の縁があるのかと思ったが、そこにはこんな物語があったのだ。




