城下町が育んだご当地グルメ

 そしてもうひとつ、白石の市街地を歩いていると時折目に留まるのが、製麺所。白石には、「温麺(うーめん)」というご当地グルメがあるらしい。

 

 なんでもこの温麺も、はじまりは江戸時代。城下町に暮らしていた鈴木味右衛門という青年が、病で食が細くなっていた父を案じて油を使わずお腹に優しい麺を作ったのがルーツなのだとか。

 材料は小麦と塩と水。素麺とそっくりだが、油を使っていないことが大きな違いだ(素麺より短く、また太いのも特徴)。江戸時代から数百年の時を超え、いまでも知る人ぞ知る白石の名物になっている。

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 現在の白石市の人口は、3万人弱だ。地方都市の中でも小さな町といっていい。ただ、古くは一国一城の時代にありながら城下町として栄え、独自の食文化も生まれた。明治に入っても、仙台とはまた別の宮城県南部の経済の中心として発展していった。

 

 1887年には現在の東北本線白石駅も開業している。当時物流の中心を担っていた阿武隈川沿いではなく、奥州街道沿いの城下町・白石を鉄道が選んだ。それも大きなプラスになって、県南の中心としての存在感を高めていったのである。

 

 そして、それが新幹線駅にも繋がったのだろう。新幹線建設時、より東側の阿武隈高地をトンネルでまっすぐ抜けるルート案もあったが、最終的には白石経由のルートが採用されている。

 

 難工事が予想されるというのがその理由だったというが、少しばかりは白石という小さくも確かな歴史を刻んできた城下町への配慮があったと思っても許されるだろう。

 白石蔵王駅という新幹線駅は、古き城下町が着実に歩んできたことが結実した、そんな存在なのである。

 

撮影=鼠入昌史

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