いっさい弱みを見せなかった猪木

 苦難に満ちた黎明期の新日本だったが、猪木は周囲にいっさい弱みを見せなかったという。

アントニオ猪木氏 ©文藝春秋

「あの頃の猪木さんは目が厳しかったもん。猪木さんは昼間は、営業だったりいろんな人と会わなきゃいけなかったから顔を合わせなかったんだけど、どんなに忙しくても夜は道場に来てね。俺たちとはあまりにも力関係が違うから、何か言われたら『はい』と言って、猪木さんのお世話をしたり、トレーニングの補助をしたりね。

 そんななかで、猪木さんが俺らに愚痴をこぼすようなことはまったくなかったし、そもそも会話も少なかった。その代わり、俺たち若手に檄を飛ばしていたのが山本小鉄さん。当時はまだ馬場さんが全日本をつくる前だから、『日本プロレスに負けない!』っていうのが合言葉で、山本さんがいつも気合を入れていたから。猪木さんが直接言わずとも、闘魂を叩き込んでくれたんですよ」

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 こうした猪木を筆頭とした新日本のやる気と熱によって、ファンだけでなく徐々に支援者も増やしていった。