レコーディングが始まったころには、レコーディング室に自分一人しか呼ばれていないことに気づいた前田が、それが嫌でたまらず、ドアの内鍵をかけて閉じこもってしまうということもあった。

 2時間ほど閉じこもって一人で泣いていると、秋元康からメールが届く。そこには、みんな与えられた場所で頑張っているのだから、前田も同じように頑張ってほしいということが書かれ、最後は「何かあったら、僕が前田を守ります。AKBのために歌ってください」と結ばれていた。これに心を動かされた前田は、ようやく外に出ると「すみません、もう一度、最初からお願いします!」と申し入れたのだった。

劇場に相次いだクレームの電話

 劇場公演は当初、観客よりメンバーのほうが多い日もざらだったが、しだいにリピーターがつき、オープン2ヵ月後に初めて定員250名の劇場が満員となる。だが、世間的にはAKB48はまだマイナーな存在で、誤解もされがちだった。2006年6月に初めて音楽番組『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演し、「スカート、ひらり」を披露したときには、視聴者から「萌え系はテレビに出るな」「アキバのパンツ見せ集団」などと劇場にクレームの電話があいついだという。このあとも、前田たちメンバーは「私たち、何で人気が出ないんだろう」などと言いながら悔し涙を流す日々が続く。

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AKB48インディーズ2枚目のシングル「スカート、ひらり」(2006年)

 2006年10月にはシングル「会いたかった」でメジャーデビューを果たすが、まだ世の中に受け入れられるにはほど遠かった。劇場は連日満員だったとはいえ、メンバーのあいだでは自分たちにこの先はあるのかと、閉塞感が広がっていたという。

 前田はセンターだけに、AKBに対するバッシングを真正面から受けざるをえなかった。グループのファンのあいだでも、なぜかダンスにやる気がないと見られ、アンチも少なくなかった。実際には、彼女は自分のパフォーマンスになかなか納得がいかず、カラオケに通って練習したりと陰で努力していたのだが、そんなことはメンバーの誰にも話さず、むしろ自分をいい加減っぽく見せたがった。