心ない言葉をぶつけられることも
握手会では、応援の言葉ばかりでなく、「どうしてセンターなんですか?」とか「もっとかわいい子もいるのに大変だね」と心ない言葉をぶつけられることもしばしばだった。それでも彼女は《私のことはいいんです。ただ、私が真ん中に立っているせいで、AKBも好きじゃなくなったって……。その言葉だけは、つらかったです》と当時を振り返る(『前田敦子AKB48卒業記念フォトブック あっちゃん』講談社、2012年)。
前田にとってほかのメンバーは仲間であり、互いにライバル意識を持ちながらも、けっして足を引っ張り合うことはなかったという。秋元の「自分の立場で頑張る」との教えはグループ全体で共有されていたのだろう。
やがてAKBは2009年10月リリースの「RIVER」でオリコンのシングルチャートで初めて首位に立つ。この年の暮れにはNHKの紅白歌合戦に2年ぶりに出場した。2007年の初出場時は、中川翔子やリア・ディゾンとともにアキバ枠の1組という扱いで、出番も短く、メンバーには不満が残った。それがこの年、念願かなって単独で出場を果たしたのだ。以来、前田が卒業したあとも2019年まで11年連続で出場する。
「私は前田敦子の一番のアンチになった」
シングル表題曲を歌う選抜メンバーをファン投票により決める「選抜総選挙」も2009年から始まった。結果的に前田は1位となったが、開票イベントで2位の発表の際、彼女が1位になるのをよしとしないアンチファンから前田の名を連呼するコールが沸き起こる。悪意に満ちたその声に、彼女は自分はここまで嫌われていたのかとショックを受けた。
このあと、どうすれば認めてもらえるだろうと悩んだ末、彼女は前田敦子に対して自分が一番のアンチになろうと決意する。それというのも、気持ちを強くもって批判の声に耳を傾けたところ、彼女自身にはわかりきったことばかりで、むしろ自分はもっとたくさん前田敦子のダメなところを知っていると気づいたからだった。
《だったら、人に言われる前に自分で自分のダメ出しをして、厳しく叩けばいい。そうすれば、何を言われようが『そうです』としか思わないし、自分に厳しく行動すれば、それだけ磨かれるから、ファンの方によろこんでもらえる。だから、私は前田敦子の一番のアンチになったんです》(前掲、『あっちゃん』)
悲壮な決意にも思えるが、実際、そう気持ちを切り換えて、自分を厳しく律することで彼女は強くなっていく。グラビアの撮影やテレビの収録の予定が入ると、1週間ぐらい前から甘い物や炭水化物を控え、夜10時以降は食べ物を口にしないよう心がけた。その代わり、朝食はしっかりとった。そのほかにも岩盤浴で新陳代謝を活発にしたり、手技道療法で体の歪みを治したりと自分磨きに余念がなかった。

