私が当時主治医を務めたある寡黙で我慢強い男性患者さんは、抗がん剤の減薬や延期はほとんどなく治療が進められたが、治療効果は平均的だった。また、他のある患者さんは最初の抗がん剤の反応が良好で期待感があったが、その後、急速に効果が薄くなりやはり平均的な効果にとどまった。当時の治療成績から見て決して悪いわけではなかったが、そのような治療例ばかりで忸怩たる思いでいた中、カンファレンスである上級医が示した患者さんに心底驚かされた。その上級医が示した例は、脳転移をきたした非小細胞肺がんの女性で、治療をしながらもう10年元気にしているという。
当時は、肺がんで脳転移まで進行していれば、一般的に1年生きるのも難しい時代だ。私は信じられず、昔の病理結果などを見せてもらった。肺がんではなく、低悪性度の腫瘍の間違いなのではないかと疑ったのだ。結果は正真正銘の非小細胞肺がんであった。他の上級医に聞くと、程度の差はあれ非常に良好な治療経過の患者さんを皆経験しているという。ただし、どの上級医も何か特別な治療を行っているわけでもないし、どうして良好な治療経過が得られたか全くわからない状況だった。そして、逆に平均よりも明らかに経過の悪い例を経験していることも知った。
その後、私自身も肺がん治療の経験を積むにつれ、良い例も悪い例も経験することとなる。ある患者さんは、進行がストップしたかのように進まない一方、ある患者さんは治療に全く反応しないというように。もちろん、このような極端に良い例や悪い例はそう多くはないが、がん治療を行う臨床医であれば必ず経験していることだ。だからこそ、私はこの治療反応性の差に大きな興味を持っていた。
データが示す治療効果の違い
さて、ここまでは個人的な経験の話が主だったが、ここからはもう少し客観的なデータをみていきたい。
薬剤の効果を評価する指標として無増悪生存期間というものがあり、がんの悪化が全く認められずにいる期間を示すが、肺がんに対する抗がん剤の効果が数ヶ月の延命であったことに比べて、分子標的薬の無増悪生存期間は1年以上を期待できる。
代表的な分子標的薬であるタグリッソ(オシメルチニブ)はEGFR 遺伝子変異をターゲットとして劇的な効果を示し、この無増悪生存期間はおよそ18ヶ月である〈1〉。
1.Soria J-C, Ohe Y, Vansteenkiste J, Reungwetwattana T, Chewaskulyong B, Lee KH, et al. Osimertinib in Untreated EGFR-Mutated Advanced Non‒Small-Cell Lung Cancer. N Engl J Med. 2018; 378(2): 113‒25.
しかし、治療効果は高い一方で、18ヶ月ほどを境に、他の治療への変更を余儀なくされる可能性が高い。このような分子標的薬が使用できる非小細胞肺がんの場合、分子標的薬を適切に治療に取り入れ、他の抗がん剤も使用して最大限の効果を目指していくこととなる。最終的な治療成績でみると、報告によって異なるが3年(36ヶ月)生存率は23.2~44%とされている〈2〉〈3〉〈4〉。
2.Kuan FC, Yang YR, Yuying W, Meng-Hung L, Chung-Sheng S. Prognostic factors and longterm survivors in EGFR-mutated lung cancer: A multi-institutional retrospective analysis. Journal of Clinical Oncology. 2024.
3.Ramalingam SS, Vansteenkiste J, Planchard D, Cho BC, Gray JE, Ohe Y, et al. Overall Survival with Osimertinib in Untreated, EGFR-Mutated Advanced NSCLC. New England Journal of Medicine. 2019.
4.Marmarelis ME, Grady CB, McCoach C, Sun F, Liu G, Patel D, et al. Characteristics of longterm survivors with EGFR mutant (EGFRm)metastatic non-small cell lung cancer(mNSCLC). Journal of Clinical Oncology. 2023.
