このようなミトコンドリア機能不全と核シグナル変化の積み重ねが、「代謝のリプログラミング」を誘導し、がん細胞が形成される重要なステップとなる〈6〉。

6.Jazwinski SM. The retrograde response: a conserved compensatory reaction to damage from within and from without. Prog Mol Biol Transl Sci. 2014; 127: 133‒54.

 

エネルギー代謝の変化が環境を変える

(3)酸素を使わずに糖分を使ったエネルギー代謝へ

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 ミトコンドリアの機能不全や低酸素環境に適応したがん細胞は、酸素を使わずにエネルギーを生み出す解糖系(glycolysis)に依存するようになる。これは、運動生理学で言えば「無酸素運動」に近い代謝モードであり、本来は一時的な緊急対応である。

 解糖系は酸化的リン酸化に比べてエネルギー効率が著しく低い。それにもかかわらず、がん細胞はこの非効率な方法をあえて選び取る。そこには、いくつかの利点がある。第一に、急速なATP産生が可能であること。量は少なくてもスピードを重視した即応型のエネルギー供給である。第二に、核酸や脂質、アミノ酸といった次世代の構成要素を合成するための中間代謝産物が豊富に生まれること。これは、細胞分裂を繰り返すがん細胞にとって大きな利点である。第三に、NAD+/NADHのレドックスバランス(酸化還元制御)を維持しやすいという点がある。これはがん細胞がストレス環境下でも生存を保つ鍵となる 〈7〉。このような解糖系代謝への変化は「ワールブルグ効果(Warburg effect)」と呼ばれ、がん細胞の象徴的な性質の一つである。このように、がん細胞は、自己の生存と増殖を最優先に最適化された「利己的」な細胞なのである。

(4)がんは自らに都合のよい環境をつくる

 解糖系に依存するがん細胞では、エネルギー代謝の過程で酸性物質である乳酸が大量に産生される。また、生成されたATPは細胞活動に伴い加水分解され、酸性物質であるプロトン(H+)が発生する。がん細胞内に発生した乳酸、プロトンは細胞外に排出され、これにより、細胞内はアルカリ性に、細胞外は酸性に保たれるという、がん特有のpH勾配が形成される。

 このような環境は、腫瘍微小環境(TME:Tumor Microenvironment)と呼ばれ、がんにとって極めて都合の良い環境となる。T細胞やNK細胞などの免疫細胞は酸性環境下で機能を失い、がんを排除できなくなる。また、酸性TMEは血管新生や転移の促進、薬剤耐性の獲得にも関与し、がんの悪性度を一層高めていく〈8〉。

8.Harguindey S, Orive G, Pedraz JL, Paradiso A, Reshkin SJ. The role of pH dynamics and the Na+/H+ antiporter in the etiopathogenesis and treatment of cancer. Two faces of the same coin‒one single nature. Biochim Biophys Acta. 2005; 1756(1): 1‒24.

次の記事に続く “劇的寛解”は特別な人だけに起こった例外ではない…研究で判明した、がんが寛解した人に共通する「意外な要素」とは