がんの発生と進行:代謝的側面から

 がんの発生には、より根源的な細胞レベルでの代謝変化があることがわかっており、がん細胞は本来排除されるべき異常細胞が自己の性質を変えて生き延びた細胞と言える。生まれつきの遺伝子を変えることはできないが、日々の生活でからだの環境は大きく変化する。がん細胞が正常細胞とは異なる代謝特性を獲得し、成長していくということは、からだの環境の変化ががんの発生や進行に大きく影響を与えるということであり、がんが成長しやすい環境にも、成長しにくい環境にもなり得るということである。

(1)慢性炎症と低酸素の場からがん細胞が生まれる

 がんの発生には、遺伝子変異だけでなく、慢性炎症や低酸素といった細胞環境のストレスが深く関わっており、遺伝的要因・環境要因・炎症・化学物質などの複数の因子が複合的に関与している。たとえば、肥満や高血糖、脂質異常症などの代謝異常は、全身の慢性的な炎症の原因となり得る。このような炎症部位では、血流も障害され、酸素供給が不足しやすい。だが一方で、炎症による血管透過性の亢進により、栄養の供給は比較的保たれている。つまり、「栄養はあるのに、酸素がない」という代謝のアンバランスな状態にさらされるのだ。

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 通常、正常細胞はミトコンドリアにて酸化的リン酸化(OXPHOS)という酸素を用いた代謝プロセスでエネルギー(ATP)を産生するが、このような低酸素の環境では、多くの細胞はエネルギーを産生することができずにアポトーシス(細胞死)を起こして排除される。ところが、この状況下で一部の細胞は、HIF(低酸素誘導因子)の働きにより、酸素のない状態でも生き延びられるように代謝回路を、(3)で説明する解糖系へとシフトして適応していく。こうしてアポトーシスを免れた細胞は、異常な代謝環境に適応しながら生存を続ける。この過程こそが、がん細胞発生の最初の一歩となり得る〈5〉。

5.Gatenby RA, Gillies RJ. Why do cancers have high aerobic glycolysis? Nat Rev Cancer. 2004; 4(11): 891‒9.

(2)がん細胞は代謝をリプログラミングする

 低酸素環境に適応し生き延びた細胞では、次にエネルギー代謝そのものを変化させていく。鍵となるのが、ミトコンドリアから核へと情報を伝える「レトログレード応答」と呼ばれる仕組みで、近年注目されている概念である。

 前述したように、本来、エネルギーの多くはミトコンドリア内で、酸化的リン酸化(OXPHOS)という酸素を使ったプロセスによって作られる。しかし、酸素が枯渇したり、ミトコンドリアが損傷を受けたりすると、この経路は破綻する。するとミトコンドリアは「酸素がない、危険だ」という信号を核に送り、遺伝子の発現を切り替えさせる。こうして細胞は酸素を必要としないエネルギー代謝様式にスイッチする。