ジャニー喜多川氏の性加害問題について報じ続けた元「週刊文春」記者の髙橋大介氏による連載「Voices」が7月にスタート。33週に及んだ「週刊文春」ジャニーズ問題キャンペーン報道の裏側が明かされる。

 4月に行われた嵐ラストライブにかけつけた藤島ジュリー景子氏や、ジャニーズ事務所が崩壊に至るきっかけとなったBBCの報道、文春取材班による取材の裏側などを詳報した連載第1回を特別無料公開する。(初出「週刊文春」2026年7月16日号、全2回の1回目/続きを読む

被害を訴える40人以上の元ジュニア

 東京ドームバックネット裏最上段にある全28室の「THE SUITE TOKYO」は、4人掛けのソファセットとダイニングテーブル、さらにテレビモニターとビールサーバーまで置かれ、室内でゆったりと野球観戦が楽しめる。生観戦を味わいたければ、グラウンド側に面した扉を開けて、専用のテラス席で声を張り上げて応援することも可能だ。

 今年4月1日夜、5月末に活動を終了する嵐のコンサートが行われたその日は、これまでメンバーと共演した松嶋菜々子、佐藤浩市、加賀まりこら芸能人、テレビ局の幹部たちがVIPルームに招待されていた。

 午後9時過ぎ、コンサートが終わると、各部屋から廊下に招待客が出て、関係者専用の出口へと向かう。彼らを見送るのは、STARTO ENTERTAINMENT(以下、スタート社)社長の鈴木克明、株式会社嵐社長の四宮隆史の2人だ。鈴木はフジテレビで専務を務め、テレビ西日本の社長を経て2025年にスタート社の二代目社長に就任した。四宮はNHKエンタープライズ21を経て弁護士に転身し、24年の株式会社嵐の設立と同時に社長となっていた。

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 2人が表の顔とすると、もう1人、

「今日は来てくださって、有難うございました」

「これまでお世話になりました」

 という言葉とともに、招待客に頭を下げ続ける人物がいた。デビュー以来、嵐をマネジメントしてきた藤島ジュリー景子である。彼女はジャニーズ事務所創業者の故ジャニー喜多川の姪で、ジャニーの姉で長く経営の実権を握っていたメリー喜多川の娘である。ジャニー亡き後の19年には同事務所の社長を継いだ。

藤島ジュリー景子 ©時事通信社

 だが23年、生前のジャニーによるジャニーズJr.(以下、ジュニア)への性加害が社会を揺るがす問題となった。『週刊文春』は33週にわたって特集し、被害を訴える40人以上の元ジュニアの証言を掲載した。

 嵐のメンバーにも、事務所の大スキャンダルが直撃。櫻井翔は報道番組のキャスターとして、問題に向き合わざるを得なかった。被害を訴える元ジュニアが実名で続々と名乗り出てきた時期の6月5日の放送では、声を震わせながらコメントした。

 8月、事務所が委託した「再発防止特別チーム」が調査報告書を発表し、性加害を事実と認定したが、指摘はそれだけにとどまらなかった。

 同族経営がガバナンス不全の最大の原因の一つだとし、

〈ジャニーズ事務所が解体的な出直しをするため、経営トップたる代表取締役社長を交代する必要があると言わざるを得ず、ジュリー氏は代表取締役社長を辞任すべきと考える〉

 とジュリーの退場を促したのだ。

 その後、ジャニーズ事務所は9月に1回目の記者会見を開き、性加害の事実を認める。10月には2回目の記者会見を行い、ジャニーズ事務所を廃業し、被害者への補償のための株式会社SMILE-UP.へ改称することと、タレントは新会社に移籍するとの方針を発表した。

 これを受け、二宮和也は10月24日深夜、ファンクラブ会員向けサイトで事務所からの退所を発表した。

 23年12月、創業家のジュリーが、資本にも経営にも関与しないというスタート社が発足する。嵐はグループとしてスタート社とエージェント契約を結ぶと、今年3月から最後のコンサートツアーを敢行し、活動にピリオドを打った。

 23年9月の会見で「補償、救済、所属タレントの心のケア以外の業務執行には関わらない」と明言しているジュリーは、表立って嵐の最後の舞台に関わることはできなかった。ただ、グループの“母”を自任するジュリーは、招待客を見送らないわけにはいかなかったのだろう。

 当時、ジャニーの性加害を「知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした」と説明したジュリー。

 彼女が問題に正面から向き合わざるを得なくなったのは、イギリスの公共放送局BBCのドキュメンタリーがきっかけだった。そして、週刊文春取材班も動き出した――。