フォロワーから「あかり信じてるぞ」という構文とともに絶大な支持を得る、料理家の長谷川あかりさん(30)。7月30日には初のエッセイ集『タコ セロリ アボカド』(文藝春秋)を上梓した。
今でこそSNSの総フォロワー数は165万人、メディアでその名前を見ない日はないが、10歳で芸能界デビューした後、仕事がない時期が続いたこともある。料理家活動歴5年目になる今、キャリアチェンジまでのストーリーを長谷川さんが明かす。(全4回の第3回/最初から読む)
芸能界引退の裏にあった「葛藤」
――長谷川さんが20代で芸能界から身を引くのは、どういったきっかけがあったのでしょうか?
長谷川あかりさん(以下、長谷川) まず高校を卒業して、大学に行ってみたいという気持ちも多少あったものの、同級生には芸能界を目指す人が多く、大学進学が一般的というわけではありませんでした。私はといえば、「答え」がある勉強は嫌いじゃなかったけど、わざわざ何百万円も親に払わせて進学する意味がその時は見出せず、そのまま芸能活動をほそぼそと……。
本当に続けたくて続けているというよりは、自分が一度決めたことはやらねばならぬ、課したことを超えないと自分はダメ人間だ、みたいな性格だっただけです。
ただ、20歳で婚約したタイミングで、やっと辞めてもいいかなと思えたんですよね。きっかけは結婚じゃなくても、例えば留学とか、他にやりたいことが見つかったとか、なんでもよかったんですけど。特に理由もなく自分から辞めることで「逃げた」と思われたくなかったし、何より自分が自分のことを許せなくなりそうで怖かった。自分が始めたことを自分で終わりにする強さがなかったんです。
でも人生の大きなイベントのどさくさに紛れさせたら、“逃げた”印象を薄められる気がするかなと(笑)。自分的にも、不思議とそれですんなり納得できたんです。それでスパッと引退を決めました。
――タイミングを探していたという感じですか。
長谷川 言い訳です、言い訳。とはいえ、これから何をして生きていこうと思った時に、夫が「あかりちゃんは大学に行きたいって言ってたよね」と。いきなり目標を決めるのは難しいと思うから、短大とか大学とか行ってみたらと言われて、なるほどと思って。
そこでもともと料理に興味があるのと、資格系はしなくてはならない勉強が明確なので、モチベーションを保つにはちょうどいいと思って、東京家政大学短期大学部に入学。栄養士の資格を取得しました。
その後、今度は管理栄養士の資格取得を目指して、東京家政大学3年次に編入。その頃には、結局自分がやりたいこと、できることは料理家しかないなと思うようになって、それから目指すようになりました。

