太平洋戦争で旧日本軍が行った無謀な「特攻」。これらは、敵国ではどのように受け止められていたのか。昭和史研究の第一人者である保阪正康氏の著書『「特攻」と日本人』(朝日新聞出版)から一部抜粋してお届けする。

特攻隊員がパラシュートを身につけていないことに、アメリカ軍は大きく驚いたという(画像はイメージ) ©w_p_o/イメージマート

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アメリカ軍を驚かせた、特攻隊員の「悲惨すぎる姿」

 11月5日にレイテ湾で大型空母レキシントンが、第三神風特別攻撃隊左近隊によって狙われている。この隊の特攻機は、アメリカ軍の空中哨戒(しょうかい)隊から逃れて、レキシントンの上空に達すると4機のうちの3機は撃墜されたが、しかし1機は艦橋の一部に体当たりしてきた。そこでこのレキシントンに乗っていた乗員50人を死亡させ、そして132人に重傷を負わせることになったという。

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 このときに哨戒隊の隊長が基地に報告した内容は、次のようなものだった。

「このヤロウ(筆者注・撃墜を免れた1機)が『レキシントン』に到着するまえに、われわれは彼に命中弾を浴びせた。彼の飛行機は燃えだしたが、彼はうまく降下して艦橋後端に体当たりした……われわれはこいつらをやっつけることに努力を集中し、わが軍の艦船に体当たりするまえに、こいつらを叩く、あるやり方をみつけなければならない――なぜなら、彼らの命は安く、彼らは命を捨てることなど問題にしていないからだ。彼らは飛行時間40ないし50時間ほどで、単独飛行を許可して1機をあたえる。彼らはこの種の任務を果たすには十分の技量を持っている」

 とくにアメリカ軍を驚かせたのは、特攻隊員が一様にパラシュートを身につけていないことであった。彼らはまさに「生きて虜囚の辱めを受けず」をそのままに実践していたのである。アメリカ軍の艦艇の乗組員たちの間では、神風パイロットに対してさまざまな言い方をした。