連合国では「日本人を絶滅させねばならない」との危機感も醸成された

 前述の「バカ・ボン」などはそういう例であったが、それ以外にもまだ多くの蔑称があったのである。大体は「カミカゼクレイジー」という語で語られることが多かったが、次のようにいわれた。

「連合軍の艦艇では、神風パイロットにたいして、それぞれ彼ら自身の呼び名を持っていた。『オーストラリア』で特攻機を『ゾンビ』(間抜け)、『アランタ』では『カッツェンジャマー・キッド』(二日酔い坊や)と呼んでいた。米軍では彼らを、(中略)悪魔の鳥や地獄の鳥とか、四字綴りの蔑称などで呼んでいた」

 特攻隊攻撃は、アメリカ国民にも当初は伏せられていたが、やがて一定の条件のもとで伝えられることになった。その報道内容には日本人に対する不気味な印象が伴っていたことはいうまでもない。

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特攻につながるような精神論を語ることが多かった東條英機(首相官邸公式サイトより)

 もっとも右に引用した書の訳者である妹尾作太男は、軽蔑とは別に畏敬の念をもった軍人もいたと明かし、戦後のアメリカでは特攻隊の生き残りと称すると、記者会見が開かれたケースもあるといっている。しかしそこには、なぜこんな文化をもっているのか理解しがたいとの好奇の目もあったはずだ。

 太平洋戦争下のアメリカでは、日本について、日本軍について、あるいは日本人について特別の教育、世論指導が行われていた。このことはジョン・W・ダワーの『容赦なき戦争』(猿谷要監修)に詳しいのだが、日本人はドイツ人と比べるとその残虐行為、非戦闘員の殺害などについてははるかにその罪過は少ないのに、なぜ憎まれる対象になったかなどを詳述している。

 アメリカを中心とする連合国の間には、太平洋戦争が始まってまもなく、「日本は絶滅に値するばかりでなく絶滅させなければならないのだという見方も強まっていた」という。とくにガダルカナル戦以後に、アメリカ軍兵士のなかには、「日本人は1人残らず殺すべきだ」との考えが擡頭(たいとう)してきたという。その戦い方があまりにも彼らの文化や常識と異なっているということからだ。

 そしてアッツ島にはじまるバンザイ攻撃(玉砕のこと)にふれて、ますますその感を深めている。もともとアメリカ国内には、日本人に対しての誤解や偏見――たとえばそれは1人では笑顔で応対するが、集団になればどんなことでもやってのけるという不気味さをもつという見方が一貫してあった。太平洋戦争での戦闘内容を見て、ますますその考えが広まったのである。

 この見方にとどめをさす形になったのが、「カミカゼ」の登場であった。