「ヒトより下等な獣」として「できるだけ多くの日本人を殺すこと」が目標に……

 当初、カミカゼはあまりにも理解ができないというので、日本軍が日々特攻機を飛ばしつづける沖縄戦(昭和20年4月に入ってということになるが)のころには、「カミカゼ」はアメリカだけでなく、ヨーロッパの国々でも報じられるようになる。むろんこれには3月ごろから日本の主要都市をアメリカ軍が爆撃するようになって、非戦闘員を殺害するのかという批判が起こったことへの世論誘導という意味もあった。

 ダワーの記述によるなら、連合国軍の兵士は、指揮官から「諸君が戦っているのは、狡猾(こうかつ)、残忍、無慈悲な敵であり、どう殺すか、どう死ぬかの術を心得ている」とか「薄い、まだ数世代の歴史しかない文明の皮を一枚はげば、相手はヒトより下等な獣だ。戦場を原始時代にもどし、歯と爪を使ったジャングル戦法で戦う。やつらを倒すには、こっちも歯と爪のジャングル戦法であたらねばならない。やるかやられるかだ」という訓示を日ごろからくり返し聞かされていたという。

 1945(昭和20)年になると、アメリカの戦闘員のうちの4人に1人は「主要目的は日本を降伏させることではなく、できるだけ多くの日本人を殺すことにある」と公然と口にするようになったともいうのだ。

ADVERTISEMENT

一部の特攻作戦でも使われた、戦闘機「飛燕」 ©beauty_box/イメージマート

 戦闘員がそう思うのはある意味では当然なことでもあったが、「日本人という敵」の殺害を肯定する層は、戦場から遠くはなれた人々の間にも広まっていたとされている。そこには当然「日本の民族、文化」までも倒さなければならないとの使命感が含まれていたのである。

 特攻作戦はまさにそのような「日本人憎悪」の最終的な引き金になった。そんなに死にたきゃ皆殺しにすればいい、との連合軍内の兵士同士の会話は、たちまちのうちにアメリカ社会にも広まっていった。

 学徒兵の特攻隊員のなかには、「アメリカさんはわれわれを見てどう思うだろうか。またバカが飛んできたと思うだろうよ」とつぶやく者もいたが、それはこうしたアメリカ人のごく日常的な感覚をよく理解している発言といえる。

最初から記事を読む 「敵機を落とすのは一にも二にも…」東條英機の「無能さ」を象徴する、学生たちをあきれさせた“言葉”とは?

その他の写真はこちらよりぜひご覧ください。