事故当日四月一九日の昼過ぎ、長男は地方出張中だった。会議に参加しているとき、父親から携帯電話に何度も着信があった。LINEで「緊急?」とメッセージを送ると、父親から再度電話がかかってきたので、会議を抜け出して電話に出た。

 父親から「アクセルが戻らなくなって、人をいっぱい轢いてしまった」と告げられ、電話を切ったあとはいても立ってもいられなくなった。しかし、「予定を早めても自分にできることはない」と言い聞かせ、もともと予約していた新幹線で戻ることにした。手の震えが止まらず、心臓の鼓動が聞こえるほど動悸が速くなっていった。会議の内容は全く頭に入らなかった。

 午後三時ごろになり、父親が自身のFacebookに家族写真を多数アップロードしていることを思い出し、震える指でアカウントを削除した。

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 午後四時に会議が終わり、父親の事故を上司に報告して、一目散に東京に向かった。新幹線の車内でスマホを見て、事故がネット上で大騒ぎになっていることを知り、絶望した。こんな大きな事故とは思わなかった。再び動悸が速くなる。食欲もわかず、喉もカラカラだったが、何とか飲み物を口に含ませた。冷静になろうと自分に何度も言い聞かせ、「飯塚幸三」というアカウント名のTwitterも思い出し、削除した。

謎の匿名電話「上級国民は逮捕されなくて良いですね」

 父親の病室に辿り着いたのは午後一〇時すぎ。警察官から事故の状況と父親に監視がつくことを告げられ、自身も簡単な事情聴取を受けた。父親はまともに話せる状態ではなく、家族と合流して、実家に向かうことにした。日付が変わろうとしていた。

 実家の住所や電話番号がネット上で暴露されていることを把握していたので、周囲の目を気にしながらマンションに入った。しばらくすると、電話が鳴り、父親の知人かと思い受話器を上げた。何者かが「上級国民は逮捕されなくて良いですね」とだけ言い、電話を切った。

 同じような電話が次から次へとかかってきた。鳴り止まないので、やむなく電話線を壁から抜いた。

――まるで自分が事故を起こした当事者ではないか。これが未来永劫続くのか。

 地獄に突き落とされ、目の前が真っ暗になった。気づけば、他の家族とともに泣いていた。