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しかし、捜査員は捜査情報の保秘を理由にその申し出を断り、「このままの状態であれば、裁判で争うことになります。情状酌量の余地もなくなります。別の同様の事故は有罪判決が出ていますから」と説明した。
捜査員の話を受け、長男は父親に電話をかけた。踏み間違いだと説得すると反論される可能性があると考え、出来るだけ父親の立場に立って諭した。
「仮に車に不具合があったと主張しても、国内産業の頂点に立つトヨタの非を認める判決が出る可能性は、限りなくゼロだよ。こちらに証拠がない状態じゃ、勝ち目はないよ」
三日後、弁護士も交えた打ち合わせが行われた。
父親に同じ話を繰り返したところ、弁護士は「日本の法曹界はそこまで腐っていないですよ」という趣旨の話をした。長男は無罪主張の変更は難しいと徐々に考えるようになっていった。
飯塚幸三と社会のズレ
六月一日、米寿の誕生日を迎えた飯塚は日記に〈晴れて米寿!〉、〈目の覚めて見れば嬉しや今日もまだこの世の中の人とは思えば〉と書いた。
素直に受け取れば、生きていることの喜びを表現した言葉だ。加害者の人権は当然保障されるべきだが、飯塚と社会の感情に大きな差が存在しているのが現実だった。