カッターナイフでみずから右手人差し指を切らせ…

 もちろん、「福岡管区警察署」など存在せず、清美さんが泥棒をしたことも、覚せい剤の運び屋だという話も、まったくのデタラメである。

 その話を信じてしまった伯母に案内され、2月14日午後11時頃に祖父母宅を訪ねた松永は、清美さんの安否を気遣うように装うと、いきなり土下座をした。そして、「自分は由紀夫さんから娘(清美さん)が18歳になるまで面倒を見るように頼まれている」と訴え、とにかく連れて帰ると言い張った。

 やがて松永は、恐怖に身体を震わせ、居間のソファーにしがみついて必死に抵抗する清美さんの右手首を掴むと、外に連れ出した。そのまま伯母の運転する車で、緒方の待つファミリーレストランに行って合流すると、伯母と別れてタクシーで「東篠崎マンション」に戻っている。

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 じつは祖父母宅から連れ出される際、清美さんは松永の隙を見て、[(松永が)言っていることは嘘だから、迎えに来てほしい]旨を走り書きしたメモを、祖母に手渡していた。

 そのことを祖母から聞いた伯母は、松永にすべてを話してしまう。

 怒った松永は、2月15日午後11時頃に、軟禁状態にある清美さんへ、「伯母から聞いたが、祖母に手紙を渡したのか? 祖父母に何を言ったのか?」と詰問を始め、「電気を通しながら聞く」と、緒方に命じて通電の準備をさせたのだった。

〈電気コードの電線に装着した金属製クリップを同被害者(清美さん)の右上腕部にガムテープで固定させるなどした上、その差込プラグをコンセントに差し込んで、同被害者の身体に通電させ始めた。(中略)その後、同一四年(〇二年)二月十六日の日中ころまで、延々と通電暴行を加え続けた上、その後も連日のように、同様の方法で通電暴行を繰り返すようになった。〉

 松永が清美さんに行った暴力行為は通電だけではなかった。2月18日午後10時頃からは、通電のほかに、上腕部等を足蹴にするなどの暴行を加え続け、翌19日午前零時過ぎには、カッターナイフでみずから右手人差し指を切らせると、その血で、「もう二度と逃げたりしません」と白紙に書かせたり、緒方に命じて両眉毛を剃り落とすなどした。

「5分以内に爪を剥げ」

 さらに松永は、清美さんにラジオペンチを手渡し、「5分以内に爪を剥げ、ここの親指」と、右足の親指を指差す。清美さんは言われた通りにやろうとしたが、激痛に耐えかねて躊躇し、「できません」と答えた。

 しかし、聞く耳を持たない松永は、冷たく言い放つ。

「剥げんのやったら剥いでやる。あと1分しかないぞ」

 その言葉に観念した清美さんは、一気にラジオペンチを持ち上げ、爪を剥いだのである。彼女が供述したのであろう、そのときの様子は、以下のように詳細に再現された。

〈その際、右足親指には激痛が走り、さらに、同足親指から腰部にかけてぞっとするような寒気が走った上、爪を剥離した部位からじわっと流れ出した血液で付近が血だらけになったことから、その痛みと恐怖感に耐えることができず、ついに大声をあげて泣き出した。

 しかし、被告人松永は、かかる被害者甲に対し、「そのままでいいよ。」と冷たく言い放ち、即座に治療さえしようとせず放置した上、さらに、被告人緒方に命じて、両名で、同被害者の首を洗濯紐で絞めるなどの暴行を加えたりした。〉

 松永と緒方からの暴行はその後も続く。そこで清美さんは決意した。

〈このままでは一生被告人両名から支配された過酷で悲惨な状況が続くとの危機感から意を決し、平成一四年三月六日午前六時ころ、被告人緒方が外出し、同松永が寝入った隙を見計らって、「東篠崎マンション」から逃走した。〉

 じつは2度目に逃げ出したときのことについて、私は清美さんの祖父の存命中に、話を聞いている。

 まず3月6日の未明に、松永が風呂に入っているのを確認した清美さんは、門司区の祖父母宅に電話を入れて、逃げるから助けてほしいと頼み込み、午前5時過ぎにまた電話すると伝えて、一旦電話を切った。

 清美さんは松永が寝入ったのを確認すると、「東篠崎マンション」を抜け出て、公衆電話から祖父母宅に電話をかける。それが午前6時半頃だ。清美さんはマンションから約500メートル離れた、仏具店の駐車場に隠れて、迎えを待っていたという。