『平成8年(96年)2月のある日、学校からマンションに帰ってきたら、父が風呂場でぐったりしており、反応がなく死んだことがわかった。その後、宮崎の指示で、森が浴室で父の遺体を鋸や包丁を使って解体し、大分県の海に捨てた』

『平成9年(97年)4月頃から森の両親や妹夫婦、その子供で森の姪や甥がマンションに出入りするようになったが、平成10年(98年)6月頃までに、両親、妹夫婦、姪と甥の6人全員が殺され、父のときと同じように解体、海に捨てられた』

 これらの話を清美さんは、記憶を呼び起こすようにゆっくりと、淡々とした様子で話しています」

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 そうした清美さんの聴取内容は、すぐに小倉北署刑事一課のK課長を通じてU管理官に、さらにK署長に報告が上げられた。K署長は、「被害少女の言動を信じて速やかな強制捜査を」と指揮して刑事課員を招集、捜査が始まることになった。

 そして3月7日午後9時8分に、門司区の祖父母方で、清美さんを連れ戻しに訪れた、宮崎を名乗る男(松永)と森を名乗る女(緒方)を、清美さんに対する監禁と傷害の事実で、緊急逮捕したのだった。

 同日の夜には、清美さんが説明した通りに、小倉北区の「泉台マンション」から、男児4人が保護される。このことによって、清美さんの証言は信憑性が高いと評価された。

死刑判決後、福岡地裁小倉支部を出る被告を乗せた車 ©時事通信社

血判の誓約書、ラジオペンチ、血痕が付着した電気コード

 福岡市にある福岡県警本部捜査一課にて、中村(俊夫)捜査一課長が、特捜班のT班長に「(小倉北署に)ちょっと行ってくれん?」と声をかけたのが、3月8日の昼のこと。

 その日は、小倉北署刑事一課が、逮捕された男女(松永と緒方)の関係先を家宅捜索していた。門司区の清美さんの祖父母宅を除いては、すべて男女に関係する場所であり、清美さんへの聴取によって、事前に以下の見立てのうえで実行されたという。

●「片野マンション30×号室」(仮名、以下同)

被疑者等から父親等が殺害され、遺体を解体された場所。

●「東篠崎マンション90×号室」

被疑者等の本拠地であり、清美さんが監禁された場所。

●「泉台マンション10×号室」

男女の子供2名を含む、計4名の児童が生活していた場所。

 捜索・差押、検証を実施した結果、清美さんの供述を裏付ける、血判の誓約書やラジオペンチ、血痕が付着した電気コードや、携帯電話60機などの証拠品が押収されている。

 これら3カ所のマンションに共通するのは、便所等を含む、室内の各出入口の外側に、異常と思えるほどに多くの補助錠が付けられていたこと。さらには、外部から光と音を遮蔽するための、厚手の二重カーテンの存在だった。

T班長の口から出た真相

 当時、家宅捜索に入った小倉北署員は、次のように表現している。

「2DKの部屋に入った捜査員全員が愕然とした。生まれて初めて霊感のようなものを実感したよ。本当に恐ろしかったんだ。部屋に入ってまず感じたのは、明らかに人間の血の臭いだった。部屋の片隅には消臭剤が大量に積まれていて、血の臭いを消すためだとすぐに想像がついた。風呂場やトイレ、部屋など、あらゆるドアに7、8個の南京錠がかけてあって、窓には全部つっかえ棒が釘打ちされていた。それはもう、なにもかも異様な光景だった」

 後に現場を指揮したT班長も「片野マンション」の室内を見ていた。

「ドアの補助錠についてもそうですが、まず室内が暗い。カーテンはもちろんあるんですけど、他にも窓という窓の内側に、遮光する黒い幕がつけられているんです。だから明かりを灯さないと真っ暗になってしまう。風呂場の中も同様でした。そういう点で異様な部屋ですよ。あと、僕は見てないんですが、本棚の横のところにある柱には、爪楊枝がずらっと刺してあったそうです」

 本棚には法律などに関する本があったという。T班長は続ける。

「警察の取調べについて書いてある本とかもありました。そういうことについて、対策を考えていたんだろうなと思います」

 後の裁判でも、被害者の遺体の解体に際して、松永が『ザ・殺人術』という本を参考にしたとの話が出ている。松永がそうした、犯行の参考になる本を買い揃えていたことが窺える。T班長によれば、さらに驚くべきこともあったそうだ。

「本も押収していますが、指紋を取らせたけど、松永のものだけ出ないんです。本に限らず、室内からもまったく出ない。犯行現場の『片野マンション』だけでなく、住んでいた『東篠崎マンション』や、子供たちがいた『泉台マンション』からも、松永の指紋は出ませんでした」

 証拠隠滅に気を遣い、すべての指紋をマメに拭き取っていたのかと想像した私だったが、T班長の口から出た真相は、さらにその上をいくものだった。

「後で、緒方純子が自供するようになってから、どうしてなのかと(取調官に)聞かせました。そうしたら、松永はセロテープを指に巻いていた、と。そこまで用心していたんですよ。だから指紋が出なかったんです」