〈被告人松永は、平成9年(97年)3月中旬ころ、裕子さんに対し、通電暴行を加えながら、「電気を通して死んだ馬鹿な奴がいる。」(中略)などと申し向けて脅迫し、その恐怖感を更に煽った。そのため、裕子さんは、生命の危険さえ感じ始めるようになり、同月16日午前3時ころ、被告人緒方が換気のために一時的に開放していた「曽根アパート」2階窓から飛び降りて逃走することを余儀なくさせられた。〉

 裕子さんは、「曽根アパート」から約300メートル離れた会社事務所に逃げ込んで保護された。そして、駆け付けた前夫に付き添われて、八幡西区内の病院に入院した。飛び降りた際に腰と背中を強打した彼女は、入院加療133日間を要する、第一腰椎圧迫骨折及び左肺挫傷等の傷害を負っていた。

 裕子さんの逃走に気付いた松永と緒方は周辺を探したが、発見には至らず、翌17日夜には「曽根アパート」から家財道具を運び出して逃走している。さらに26日早朝に、裕子さんの次女を、彼女の前夫の住居近くの路上に置き去りにして、証拠隠滅を図ったのだった。

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恐喝ではなく強盗で立件

 そんな裕子さんであるが、外傷は入院加療によって癒えたが、PTSDにはそれ以降も苦しめられていた。裕子さんへのケアについて、T班長は語る。

「罪証班のI係長とS巡査長を裕子さんにつけて、彼女の生活保護の申請をしたり、久留米市にある病院の精神科に連れていったりしたんです。僕もその病院に行って、彼女のPTSDについての説明を受けました。そうしたら、いまその治療をしよるけども、治すまでにいままでにかかった期間の少なくとも3倍くらいはかかるとのことでした。もしかしたら治らないかもしれない、とも言われました」

 そこまでして、やっと捜査への協力を取り付けることができたのだが、T班長には彼女にまつわる捜査で、忘れられないことがある。

「裕子さんは捜査員の努力によって、捜査への協力を承諾してくれました。ところが、現場検証のために『曽根アパート』に行ったとき、事件を思い出すのか、部屋がある2階に上がる階段の途中で座り込んでしまって、1時間くらい上がれないんですよ。その後、部屋にもなかなか入れなかった。それくらい傷ついた姿を見ていますから。私たち現場からすれば、やっぱり許せないですよね」

 捜査本部は松永と緒方を、裕子さんに対する監禁致傷容疑で02年4月4日に逮捕し、続いて詐欺・強盗容疑で5月16日に逮捕した。

マンションの家宅捜索に入る捜査員ら ©時事通信社

「逮捕容疑は『強盗』にしましたが、検察との事前の協議では『恐喝』で逮捕の予定と報告していたんです。ただ、恐喝と強盗では罪の重さが明らかに違うでしょ。被害者が深く傷ついている姿を見て、やっぱり強盗でいこうと思ったんです。だから法務対策をやっている(県警本部の)刑事総務課に行って、こういう事件でこうやから、強盗にできないかって、もしわからんなら本庁(警察庁)に聞いてくれって、ちゃんと筋道を通して強盗でやることにしました」

 容疑が「恐喝」から「強盗」に変更されたことについて、私は拙著『完全ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件』で、次のように記した。

[なお、これは後にわかったことだが、「詐欺・強盗」容疑は当初からの予定ではなく、途中で変更されたものだった。福岡県警担当記者は言う。

「最初は詐欺と恐喝容疑の予定で捜査を進めていたそうですが、(捜査本部の)班長が『どうしても松永と緒方の2人を許せない』と言い出して、『恐喝ではなく(より罪の重い)強盗で立件しよう』となったんです。その話に対して福岡地検もまんざらではなかったようで、捜査内容を詰めに詰めて、強盗容疑での立件になりました。](P62より)

 大きな間違いとは言えないが、より正確にいえば、恐喝容疑の予定で捜査を進めていたが、途中から路線を変更したということではなく、刑事総務課に相談に行くなど、より強い意志をもって、強盗容疑での立件を進めていたことがわかる。

 後の松永と緒方の裁判において、この「強盗」事件について、松永側、緒方側の弁護人はともに、「強盗罪は成立せず、恐喝罪が成立するにとどまる」と主張していた。

 しかし福岡地裁の判決は、「被告人両名の行為は、もはや恐喝罪にとどまるものではなく、乙女(裕子さん)の反抗を完全に抑圧し、その意思に反して財物を強取したもので、強盗罪を構成すると解するのが相当」として、強盗罪を認定したのだった。

(おのいっこう/1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。著書に『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い―尼崎連続変死事件の真相』『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』など。)

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