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山本五十六の戦死
昭和18年(1943)年4月3日、連合艦隊司令長官の山本五十六は、将旗をニューブリテン島ラバウルに移し、作戦の指揮に当たった。同月18日、山本は前線視察のためにブーゲンビル島に赴く途中、無線を傍受したアメリカ軍の攻撃機16機から攻撃を受け戦死した。この事件は海軍甲事件として、当初、秘匿された。
「白骨街道」ジャングルを進む日本軍
昭和19年(1944)3月、ビルマ防衛のための先手を打って、イギリスが支配するインドのインパールを攻略する作戦が開始された。インパール作戦は、補給を無視した無謀な作戦だったために、弾薬や食料が不足。開始から約4か月後の昭和19年(1944)7月に作戦中止が決定された。撤退では餓死者が続出し、白骨街道と呼ばれた。写真はジャングルを進む日本軍。




