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神風特別攻撃隊
昭和19年(1944)10月25日、史上初の特攻作戦が実行された。写真は敷島隊の1機が命中したと考えられる空母セントロー。以降、終戦まで陸海軍の航空機による特攻で約4000人が命を捧げた。
人間魚雷・回天
アメリカ軍のレーダー性能の発展によって、航空機による雷撃は難しくなった。一方で、航跡が出ない九三式酸素魚雷は世界に先駆けた高性能な魚雷だった。余剰する酸素魚雷を活用するために昭和19年(1944)8月、乗員1人によって操縦する人間魚雷・回天が制式採用された。写真は、回天を甲板に載せて出撃する潜水艦・伊58。
回天(一型)は直径1メートルほどで、ブレーキはなく、操縦は極めて難しかった。戦死者や訓練中の事故死で約100人の人命が失われた。




