「自分がしっかりしないといけなくて、涙も出ませんでした。でも…」

 事故当日、真菜さんと莉子ちゃんが搬送された病院から帰宅したときのことである。警察車両に父親と松永、そして付き添いの警察官が同乗していた。自宅が近づくと、警察官が「ご自宅にマスコミが集まっています。安全確保のために動線を作りますので……」と言った。

 しかし、父親は提案を断った。「なぜ、私の家なのに自由に入ることができないんですか」と怒気交じりで車のドアを開け、家に入っていき、松永も後に続いた。記者たちは申し訳なさそうな顔をして、声をかけることができなかったという。

 母親は背筋を伸ばし、白髪交じりの髪を後ろで束ねていた。質素さの中に上品さが滲み出ていた。母親が抱えていた思いを切々と吐露し、涙をとめどなく流した。

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「事故直後は信じられませんでした。やることがいっぱいあって、自分がしっかりしないといけなくて、涙も出ませんでした。でも、ふと、どうしていないんだろうと。写真も思い出もいっぱいあるのに、孫たちが集まったときに真菜と莉子がいない。どうしていないんだろうと」

 母親は、莉子ちゃんに色々な経験をさせてあげようと二人で外食をしたことがある。手作りの食育を徹底していた真菜さんに怒られるかもしれないと思ったが、真菜さんは「そんな経験をさせてもらってありがとうございます」と感謝した。

 真菜さんは自分の信念を大切にしながら、それを杓子定規に押しつけることをしない。母親はそんな懐の広い真菜さんのことが大好きだった。

「彼女から人の悪口を聞いたことはありませんでした。姑としてではなく、いち女性として本当に尊敬していました。こんな素晴らしい人が、本当に息子のお嫁さんなのかなって。私たち本当に幸せだねって、主人と一緒に心から感謝していました」

 葬儀場や自宅に真菜さんの知人が大勢弔問に訪れ、彼女の人徳をあらためて感じたという。