「真菜はちっちゃいときから、本当に恥ずかしがり屋でした。お姉ちゃんたちのことが大好きで、いつも後ろに隠れていました。だから、姉(次女)が亡くなったとき、真菜はかなり落ち込んでね。女房が亡くなってからも。家族のことを気にして、最初は東京に行きたくなかったのかもしれない」
真菜さんが松永と結婚し、沖縄を離れたことをどう思っているのか。事故後、松永自身は恐くて聞くことができない質問だった。私の問いかけに、上原は迷わず答えた。
「東京に行かせたことを後悔していません、全然。たくみたいな素敵な人と出会えて、可愛い莉子も授かって。短い人生だったけど、真菜は松永家に嫁いで幸せでした。これからの人生もあるんだから。あなたは、いくつになっても私の息子だから。それだけははっきり言っておく」
松永は義父を直視できず、ずっと下を向いて肩を震わせている。
「あのとき、東京に連れて来なければ」
「事故当時は、自分を責めに責めました。あのとき、東京に連れて来なければ、真菜は死ななくて済んだ、って。お義父さんは自分を恨んでいるのかもしれない、とか……。今はできるだけ考えないようにしてるんですけど、お義父さんの言葉が救いになります」
松永の声が乱れ、やっと聞き取れるほどだった。
「お義父さんは家族を次々に喪って。僕だったら耐えられるのかなって。それでも前を向いてらっしゃる姿は、僕にとっての希望だから」
しばし、沈黙した。
「尊敬してます。僕のことを心配して、いつも電話をかけてくれて『大丈夫?』って。真菜を素晴らしい人間に育ててくださって、出会わせてくれて、本当に感謝しています。上原家のみなさんも温かく包んでくれるので、感謝しかありません」
上原と松永が取材用に用意した椅子に座った。救急車のサイレンが遠くで鳴る。後ろのグラウンドでは、父と男の子二人が野球をやり、幼い女の子がそのまわりを楽しそうに走り回っていた。
松永が事故の前後のことを、訥々と語り始めた。
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「生まれてきてくれてありがとう。二人に出会えて幸せだったよ」ーー池袋暴走事故の遺族・松永拓也さんが明かした「妻と娘との最後の別れ」とは。