松永が育児日記をいつも持ち歩いていることを私は事前に知っていた。松永は「ちょっと待ってください」と言い、足元の黒いリュックサックを膝の上に置き、ノート三冊を大切そうに取り出した。ノートを受け取る際、松永が指にはめていた結婚指輪が見えた。

 育児日記の一冊目の表紙には「RIKO 2017」と書かれていた。池袋西武の無印良品で買った褐色のスケジュール帳で、一ページに一週間の予定を書き込める。A5サイズの再生紙三二枚をホチキスで留めたノート。そんなシンプルなデザインを選んだところも質素で倹約家の真菜さんらしかった。

日記には…

 おそるおそるノートを開く。真菜さんはマス目一杯に小さな文字をぎっしりと詰め込んでいた。

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 二〇一七年八月九日、莉子ちゃんが一歳七か月のときの書き込みを見つけた。

〈マナが「よいしょ」と言うと「かーさんよいしょ」とマネる。ぎゅーして「大好き」と自分から言ってきた!!♡〉

 真菜さんは莉子ちゃんの微笑ましい成長の様子をつぶさに綴っていた。母乳を卒業した。靴が履けた。トイレに自分で座れた。ある日、冷蔵庫の中身を見ながら、「なっとうないなー どうしようかなー」と言いながら人差し指をあごに当てた。自分の食べこぼしを床に見つけると、「そうじきしよう。いそいでそうじき」と言って掃除をした。別の日は、おならをすると「りーこ ぷーした~ ごめんなさーい」とおじぎして笑った。

 公園で親子三人でかけっこした日のことだ。父親の拓也がズルをして、ショートカットしてゴールに駆け込み、「イエーイ」と声を上げた。すると、莉子ちゃんは、真菜さんに抱きついて大泣きした。