実は存在した、ヒトハとフタバの「幻のその後」

 だが実は、ファンの間では知られるように、このラストには「幻のその後」がある。『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ(8) なんか人魚の島のひみつのふせん&ノートBOX付き特装版』の裏表紙には、隣接した檻に入って海に沈むヒトハとフタバのイラストが描かれているのだ。

映画になった「セイレーン」編を収録した『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』コミック8巻の表紙(Amazonより)

「やはりセイレーンにつかまって、海に沈められてしまうのが本当の結末なんだ」と解釈するファンも、もちろんいる。だがこのイラストの優れた点は、二人の表情が描かれないことによって、この状態が二人にとって何を意味するのか、完全には答えが出ていないところである。

 暗闇の中で一人ではなく、永遠を生きることを誓った相手と言葉が交わせるほどの距離で牢に入ることは、苦しみなのか、それとも至福なのか。言葉やまなざしが交わせる檻で、体に触れられないことは天国なのか、地獄なのか。まるで水をたっぷりと含んだタオルのように多くの意味と問いかけを含んだ見事なアートであり、将棋で言えば完璧に美しい「詰み」の陣形だと思う。

ADVERTISEMENT

 だがむしろ重要なのは、作者のナガノ氏がここを映画化して「公式の結末」にしなかったことである。「原作は無料公開されているのですから、劇場映画にはぜひなんらかのプラスアルファを」という期待は当然あったはずだが、映画は完全に原作そのままのラストで終わっている。子供にラストの感想を聞いたら「セイレーンは二人に謝りにいったんだと思うよ」と答えた、という感想がネットに投稿されていたが、ナガノ氏には美しく哲学的な「詰み」の形が見えているにもかかわらず、多くの観客の自由な発想、ヒトハやフタバが逃げ延びる、あるいは和解があり許されるという「生き筋」を残したまま映画を終えることを選んでいるのだ。