1998年横浜はなぜ「史上最強」と呼ばれているのか
1998年の横浜高校は、春夏連覇に加えて、公式戦44連勝を達成したチームとしても語られる。松坂大輔という歴史的エースを中心に、渡辺元智、小倉清一郎、そして個性ある選手たちが揃ったチームだった。
では、なぜこのチームは今なお「史上最強」と呼ばれるのか。理由は、勝利の量だけではない。勝ち方の種類が多かったからだ。
春のPL学園戦では終盤に焦らず逆転する「完成度」を見せ、夏大会でのPL学園戦では土俵を荒らされても壊れない「タフさ」を、準決勝での明徳義塾戦では大差を諦めず追い詰める「層の厚さとベンチワーク」を見せた。
これほど多様な勝ち方を、甲子園という最高強度の舞台で見せたチームは稀である。
つまり1998年横浜は、「強いチームが勝つ」のではなく、「あらゆる勝ち方を持つチームが最後に勝つ」ことを示した存在だった。
渡辺の最大の功績は、松坂を育てたことだけではない。もちろん、それは大きい。しかし本質は、松坂という才能を、横浜高校という組織の中で最大化したことにある。
渡辺と小倉が率いた横浜高校は、全国屈指の強豪校でありながら、多くのプロ野球選手も輩出した。しかも、横浜出身の選手たちはプロ入り後も存在感を示し、タイトルを獲得するような選手も少なくなかった。松坂大輔、涌井秀章、成瀬善久、筒香嘉智、近藤健介、柳裕也など、時代をまたいでプロの一線級を送り出している点は、横浜という学校の育成力を物語っている。
横浜には、エース級の投手が複数いる投手陣があり、ベンチメンバーまで高いレベルの野手陣がいた。投げる、守る、走る、打つ。どこか一つに偏るのではなく、全体のレベルが高い。トータルベースボールが必要とされる現代から見ても、横浜高校はかなり理想的なチーム像だったと言える。
高校野球において、「甲子園で勝つこと」と「プロで通用する個の才能を伸ばすこと」の両立は極めて難しい。しかし、渡辺と小倉が築いた横浜高校のチームビルディングは、個の強みを極限まで磨き上げながら、それを組織全体の勝利構造へと昇華させていた。甲子園での圧倒的な実績と、プロへ送り出した人材の豊富さ――その双方を高い次元で結実させた点にこそ、渡辺野球の真価がある。
はたして、今大会の横浜高校は今後どこまで勝ち進むだろうか。