広島、長崎への原爆投下は、アメリカ国内で当初「戦争を終わらせた英断」と歓迎された。しかし、メディアが残留放射線による「後障害」の惨状を報じ始めると、世論は原爆の非人道性を問い直す方向へと急変していく。国家や軍は、この批判をいかにかわし、投下を正当化しようとしたのか?
ここでは、ジャーナリスト・三山秀昭氏の著書『ヒロシマ、ナガサキ 隠された真実』(文春新書)より、一部を抜粋。国内外の世論の変遷と、批判に対抗するために戦後1年半を経て構築された「100万人の命を救った」という言説の虚実を紹介する。(全3回の2回目/3回目に続く)
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「70年(75年)草木も生えず」の噂が拡大
「広島、長崎への原爆投下で戦争が終わった」と湧き立っていたアメリカの世論も放射線に関する米英メディアの報道によって微妙な影響を受けていく。最初の報道は米通信社INS(後のUPI通信)が原爆開発に関わった科学者、ハロルド・ジェイコブソンに取材して配信した1945(昭和20)年8月7日(米東部時間)のニューヨーク発記事。
その内容は「原爆による放射線は約70年間消散しないだろう」としたうえで「ヒロシマは4分の3世紀近く荒廃するだろう」というものだ。翌8日にはワシントンポスト紙も一面で大きく報じた。
慌てた陸軍省は原爆開発の科学部門の責任者、ロバート・オッペンハイマーの見解を発表、「広島の地表に容易に感知できる放射線が残っていると信じる理由はない」と人体への放射線の影響を否定した。
これをニューヨークタイムズ紙が報道し、その中でジェイコブソンも自身の発言を否定。ただ、日本の新聞が初報を転電したため、その後「70年(75年)草木も生えず」の噂が拡大していくことになる。実際はその秋、広島では草が生え、翌春には木々が芽吹いたのだが……。
深刻なダメージを与え続ける「後障害」に言及したルポルタージュ「ヒロシマ」が大反響
放射線の残留について、米軍は火消しに成功したかに見えた。ところが、米英などのメディアが次々と広島に入り、その惨状が世界に発信されると状況は変化していく。1945年9月に調査のため広島入りした米兵の髪が抜け、痙攣(けいれん)をおこした事実も伝えられた。
英デイリー・エクスプレス紙のウィルフレッド・バーチェット記者は同月に「The Atomic Plague(原子の伝染病)」と題して「後障害(こうしょうがい)」を問題視する報道を行った。それは「原爆後も原因不明の死者が続いている。広島は長期間回復しないだろう」という内容だった。



