――仕事も急に忙しくなったのでしょうか?
波田陽区 9月まで他局に出てはいけなかったので、『エンタの神様』以外は営業に行くくらいでそこまで忙しくなかったんです。でも10月から解禁になるので、その前あたりから『エンタ』以外の収録が始まって、本を出しましょう、CDも出しましょう、CMのオファー来てます、今日は10社取材です、と一気に忙しくなりました。
番組出演も1日5~6個に増えたんですが、たとえばダンディ坂野さんだったら「ゲッツ!」と言えば盛り上がるところを、僕の場合は毎回番組ごとにネタを考えなきゃいけなかったのでかなりハードでした。マネージャーが次の日に斬る予定の人のNGワードとか、最近のトピックスなど情報収集を全部やってくれて、その資料をもとに僕がネタを考えるんです。一つのネタを5分、10分で思いつく人もいれば、1時間かけてもできないことがあって、毎日ネタを20、30個考えてました。当日はほとんど眠れないまま現場に行っていたし、マネージャーは携帯を2つ持って常に鳴りっぱなしで。「君は平成のピンク・レディーだね」と言われるくらい働いて、人生であんなに忙しかった時期はなかったですね。
よく「当時斬った人で印象に残ってる人はいますか?」と聞かれますが、ネタを作っては出しての連続だったのでほとんど覚えてないんです。家に帰る時間すら惜しかったので、日テレ前のホテルに自腹で泊まってネタを考えて。一日2、3万の宿泊代が掛かっていたんですけど、領収書を取っておかなかったのでめっちゃお金を使いました。
最高月収は2800万、「平成のピンク・レディー」と言われるくらい働いた
――忙しさと比例して給料も上がっていきそうです。
波田陽区 『エンタの神様』に初めて出たときが僕の手元に3万円。翌月は6万とか毎月倍倍に増えていって、CM代でプラス50万とか、他の仕事の収入もガッツリ入ってきて通帳を見るのが楽しかったです。
――ちなみに最高月収はいくらでしたか?
波田陽区 1回だけですが2800万です。はじめは東中野で家賃4万6000円のアパートに住んでいましたが、五反田の15万のマンションに引っ越して、さらにちょっとしてから同じく五反田で20数万、スポーツジムやパーティルームがついている新築マンションに引っ越しました。ノってるときって何やってもノってるので、『東京フレンドパーク』に出たらパジェロが当たるし、他の番組でも最新式のレンジをもらったり、波ってすごいですよ。
2004年は仕事で忙しくてお金を使う暇がなかったけど、2005年から落ち着いたので、事務所のお金がない先輩後輩をみんな連れて毎晩焼肉や寿司を食べに行って、その後キャバクラに行って全部僕が支払って。1日20万も30万も使っていたので、みんなが僕のこと石油王って呼んでました。あとは大学の奨学金を400万一気に返すとか。



