糖代謝とがん:IGF–1が示す代謝の落とし穴

 私たちが生きていくうえで最も基本的なエネルギーの源となるのはブドウ糖であるが、正常細胞は酸化的リン酸化という過程で糖と酸素を用いてエネルギー産生を行う。一方、がん細胞は酸素の存在下でも大きく糖代謝に依存したエネルギー産生代謝を行う(ワールブルグ効果)。このように、糖代謝はがんの発症や進行に密接に関わっているが、ここではIGF–1(Insulin-like growth factor 1:インスリン様成長因子1)という重要なホルモンについても説明する。

 インスリンは、膵臓のβ細胞から分泌されるホルモンで、血液中のブドウ糖を体の細胞に取り込ませ、エネルギーとして利用できるようにすることで血糖値を下げる。食後に血糖値が上がるとインスリンが分泌され、血糖値を正常に保つために重要な役割を果たしている。IGF–1は、このインスリンと類似の作用を持ち、インスリン受容体に働きかけることで細胞の成長や分化を促す成長因子として機能する。同時に糖代謝を活性化させる作用を持ち、IGF–1によりPI3K/Akt/mTORやMAPKといった細胞増殖系のシグナル経路が活性化され、糖の取り込みを増やすGLUT1などの糖輸送体や解糖系酵素が過剰に発現することで、がん細胞は糖を大量に取り込み、ワールブルグ効果を活性化する〈6〉。

6.Kasprzak A. Insulin-Like Growth Factor 1(IGF-1)Signaling in Glucose Metabolism in Colorectal Cancer. International Journal of Molecular Sciences. 2021; 22.

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 このIGF–1/インスリンシグナルの恒常的な活性化は、がん細胞にとって極めて有利な代謝環境を形成する。細胞増殖の促進、血管新生、免疫回避といった腫瘍の成長・転移に関わるメカニズムを強力に支援し、加えて抗がん剤に対する抵抗性の獲得にも寄与している。特に乳がんや大腸がんでは、IGF–1経路の活性化が治療抵抗性や再発のリスクと相関することが報告されている〈6〉〈7〉。

6.Kasprzak A. Insulin-Like Growth Factor 1(IGF-1)Signaling in Glucose Metabolism in Colorectal Cancer. International Journal of Molecular Sciences. 2021; 22.

7.Rajoria B, Zhang X, Yee D. IGF-1 Stimulates Glycolytic ATP Production in MCF-7L Cells. International Journal of Molecular Sciences. 2023; 24.

 このような背景から、糖代謝やIGF–1の調整は、がんの予防・治療における重要な改善すべきポイントとして注目されている。

 では、どのような状態でIGF–1/インスリンシグナルが活性化するのであろうか?一つは、肥満や2型糖尿病に代表される代謝性疾患である。このような状態では、高インスリン状態が慢性的に続き、同時にIGF–1の血中濃度も上昇しやすくなる。これが、乳がん、前立腺がん、膵臓がんといったホルモン感受性腫瘍の発症リスクや悪性度の上昇に関係している〈8〉。

8.Djiogue S, Kamdje AHN, Vecchio L, Kipanyula MJ, Farahna M, Aldebasi Y, et al. Insulin resistance and cancer: the role of insulin and IGFs. Endocrine-Related Cancer. 2013; 20 (1):R1‒R17.

 もう一つは、日常的な食習慣によるものである。菓子類や炭水化物の過剰摂取など、血糖値が上がりやすい食品は高血糖およびインスリンの上昇を招く。

 さらに、乳製品の摂取は体内のIGF–1濃度の上昇に関連することがわかっている。乳製品に含まれるカゼインなどの乳由来タンパク質によりIGF–1の吸収を促進し、肝臓でのIGF–1産生を刺激することが示唆されている。IGF–1は成長因子であり、成長期の細胞には有用である一方、大人になってからの過剰なIGF–1の上昇は長期的にホルモン関連がんのリスクを高め、がんの進行にも関与する恐れがある。