体内の慢性炎症を利用して悪化するがんのリスクを考えるうえで重要になる指標が、一般的な血液検査で測定できるという。がんの進行や薬の効き目にまで悪影響を及ぼす注意すべき“ある指標”とは。ここでは、浜口玲央氏の著書『「がん寛解」の科学 この体内環境で予防・治療・再発防止する』(角川新書)の一部を抜粋し、がんと深く関わるからだの環境要因について紹介する。
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慢性炎症は、がんの発生・進行・転移に深く関与している。炎症は本来、生体を守るための反応であるが、長期間持続すると、がん細胞にとって極めて有利な環境を作り出す。炎症性サイトカインはがんの増殖や血管新生を促し、免疫機能を低下させ、治療抵抗性にも関与する。がん治療において炎症を適切に制御することは、見過ごされがちだが、極めて重要な視点である。
急性炎症と慢性炎症の違い
炎症とは本来、外傷や感染から身を守るための生体反応であり、このような一時的な炎症は急性炎症と呼ばれる。一方、この反応が持続的に続くことを慢性炎症と呼び、逆に組織の破壊や再構築の誤作動を招き、発がんの土壌となることが明らかになってきている。さらに、慢性炎症はがんが生存するための環境としても都合が良い。
がんが構築する腫瘍微小環境では、IL–6、TNF–αといった炎症性サイトカインによりがん細胞の増殖が促され、血管新生が起こり、さらには免疫監視機構から逃れ、転移が助長される〈1〉。
1.Wen Y, Zhu Y, Zhang C, Yang X, Gao Y, Li M, et al. Chronic inflammation, cancer development and immunotherapy. Frontiers in Pharmacology. 2022; 13.
さらに詳しく分子レベルでのメカニズムを説明すると、慢性炎症は、NF–κBやSTAT3、HIF–1といったシグナル伝達経路を活性化することで、がん細胞の増殖、血管新生、浸潤・転移に関わる因子の発現を高めると同時に、抗腫瘍免疫の働きを弱めてしまう。また、炎症の過程で生じる活性酸素種(ROS)は、DNAを直接傷つけ、突然変異や遺伝子発現の制御に異常を引き起こす〈2〉。
2.Wu Y, Antony S, Meitzler JL, Doroshow JH. Molecular mechanisms underlying chronic inflammation-associated cancers. Cancer Letters. 2014;345 (2): 164‒73.
疫学研究からみた慢性炎症とがんリスク
実際に、多くの疫学研究により慢性炎症とがんの間に明確な関連性があることが示されている。C反応性タンパク(CRP)は血液検査で評価できる炎症のマーカーであるが、このCRPが慢性的に高値の人では、乳がん、大腸がん、肺がん、前立腺がんなど、複数のがん種でリスクが上昇するという報告がある〈3〉。
3.Michels N, van Aart C, Morisse J, Mullee A, Huybrechts I. Chronic inflammation towards cancer incidence: A systematic review and meta-analysis of epidemiological studies. Critical Reviews in Oncology/Hematology. 2021; 157: 103177.
このような背景から、慢性炎症を制御することはがん予防・治療の基本戦略の一つであり、非常に重要な要素と考えられる。すなわち、がんの進行にブレーキをかけるには、できる限り不要な炎症が抑えられることが望ましいのである。さらに、化学療法の効果にも影響があり、たとえば、免疫チェックポイント阻害薬は炎症反応を抑えることでより治療効果を期待できることも知られている。
日常生活における対策としては、体重管理、生活習慣病の管理、禁煙、抗炎症作用のある物質の摂取(野菜、果物、オメガ3脂肪酸など)は、炎症の沈静化に寄与し、がんのリスクおよびがんの進展を抑えるうえでも重要である。炎症はしばしば「火」に喩えられるが、がんにおいてそれはまさに「静かなる火」である。燃え広がる前に火種を断ち切ること。慢性炎症の兆候を見逃さず、早期に抑えることが、がん予防と進行抑制の鍵となる。
