「ボコボコにされていました」苛烈ないじめに対して、両親の反応は…
――ご両親は、いじめに対してどんな反応だったのでしょう。
カメントツ 父親からは「やり返せ」と言って怒られました。僕をいじめていたグループに女の子がいたことが、父親からすると「女にやられてるんじゃない」という感じですごく嫌だったみたいですね。
とはいえ、僕は当時小学2年生だったし、相手の女の子は年上で身長160センチぐらいあったんですよね。
そのグループからは、よくパンチされたり蹴られたりしてボコボコにされていました。子どもながらに、すごく嫌で怖い目に遭ったなぁと思います。
――その後もしばらく、いじめや偏見の眼差しを受けることが続いたのでしょうか。
カメントツ そうですね。僕はつらいことがあると、耐えて耐えて自分の頭の中で現実逃避をするのが得意だったんですよ。映像を記憶する能力がなぜか高いので、昔見た映画を思い出して2時間経過するとか、頭の中に逃げ込むみたいなことができてしまう。
だから、どちらかと言うと「死にたい」というような方向ではなく、自分の内側への逃避だったり、自傷行為が多かったように思います。
――自傷行為というのは、例えばどんなことですか。
カメントツ 背中やお尻、足なんかを掻きむしってすごく血が出てしまったり。あとは、蕁麻疹が出るのは当時も今もあります。でもそれは意図的に「自分を傷付けよう」と思っているわけではなくて、癖みたいなものなんですよね。
「おいジャップ、見せてみろよ」いじめが改善した“きっかけ”
――家庭でも学校でもつらい思いをしていたと思いますが、当時、心の支えになっていたことは何かありましたか。
カメントツ ちょうど小学4年生の時に『ポケットモンスター 赤/緑』が発売された時期だったんですよ。ミシガン州のめちゃくちゃ雪が降るところに住んでいたんですけど、雪ってかまくらみたいに固めると、中が結構暖かいんですよね。
だから厚着をして、親に隠れていつも外でポケモンをやっていたんです。そういう意味では、ポケモンには本当に救われました。
――学校でのいじめが、少しだけ改善したことがあるそうですね。それは何がきっかけだったのでしょうか。
カメントツ 30年くらい前の話になりますけど、日本で「ハイパーヨーヨー」が大流行したんですよ。流行りすぎて、日本ではなかなか買えなかったんですけど、アメリカだと人気がなかったので普通に買えたんですよね。
いじめられてメンタルがボロボロになってしまっていた僕を見かねて、両親がヨーヨーを買ってくれたんです。
ある日、僕が一人でヨーヨーの練習をしている時に、いつも僕をいじめていたグループがやってきて「おいジャップ、ジャグリングか? 見せてみろよ」と言うので、基本的な技である「ループザループ」を見せたんですよ。
