「何それ!? めっちゃ欲しい!!」「どこで買ったの!?」ハイパーヨーヨーが大ウケ
――どんな反応が返ってきたのですか。
カメントツ それがもう「すげええ!! 何それ!? めっちゃ欲しい!!」「どこで買ったの!?」みたいに大ウケしたんですよね。ヨーヨーってテクニックがあってのものなので、手に入れた瞬間に楽しさが獲得できるものじゃない。だから僕のヨーヨーを奪ったところで、ヨーヨーの本質って奪えないんです。
それが功を奏して、今まで僕をいじめていた子たちが「もっと見せて」とか「ヨーヨー教えて」という風になっていって。だんだん学校でヨーヨーが大流行するようになりました(笑)。
――それでいじめがなくなったのですか。
カメントツ そうですね、「ヨーヨー博士」的な立ち位置で人気者になりました。だから僕は、日本のおもちゃ会社とヨーヨーには本当に感謝しているんです。
日本に帰国した当初は「嫌なガキだった」ワケ
――小学6年生の時に帰国したそうですね。
カメントツ 小学6年生の頭から日本の小学校に戻りましたけど、最初の1年間は異分子扱いだったと思います。当時の僕は、「アメリカという先進国から見て日本は……」という目線になっている嫌なガキだったなと、振り返ってみて思うんですよね。
例えば、アメリカだと教室の掃除は業者の人たちがやるので、自分達では掃除をしないんですよ。だから「なんで自分で掃除するの、お金がないから?」と思っていましたし、バケツに溜めた水に雑巾をつけて、それで机やいろいろなところを拭くことに対しても、不衛生で嫌だったし「モップを知らないの?」と思っていて。
――確かに、真っ茶色になった水の中に雑巾を付けて掃除していましたよね。
カメントツ 「汚いものを触らない」と教育をされるけど、「あの泥水の中に手を突っ込むのはありなんだ」と思いますよね。ともかくそういう、ちょっと子どもらしくないというか、可愛くない子どもだったんです。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋
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