背が高いだけでイジメられた新人や、アゴを割られて“流動食生活”になった選手も……。1991年にリングスの生え抜き第1号としてデビューした長井満也は、もともと1989年に新生UWFに合格し、田村潔司の後輩、垣原賢人や冨宅飛駈らの同期として修行時代を過ごした。
社会現象を巻き起こす一方、事故で練習生が亡くなるなど、様々な問題を抱えていた当時のUWF道場。長井がその凄惨な実態を明かす――双葉社の新刊『証言 UWF「道場」の光と影』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
◆◆◆
刑務所より厳しかった新生UWFの道場
──2025年頭から大ブレイクしたプロレスリング・ノアのOZAWA選手が、「ノア道場の闇」と称して、ノアの道場にはまだ旧態依然としたしごきや先輩のパワハラ的な体質があることを告発して話題になったんですが、ご存じですか?
長井 ああ、そういう話は聞きました。
──でも、道場の理不尽さでいうと、長井さんが新弟子だった時代と今では全然違うというか。とくにUWF道場の過酷さは想像を絶するものがあったんじゃないかと思うんですけど。
長井 そうですね。何年か前に相撲部屋の暴力事件が大きな問題になりましたけど、僕がいた時代の新生UWFの道場も、今だったら逮捕者続出だったと思います(笑)。
──それぐらい理不尽な世界で、暴力が当たり前の世界という。でも、それに耐えなければプロレスラーとしてデビューできなかったわけですね。
