漫画家を志し、下北沢の3畳一間へ引っ越し

松尾 就職活動で広告会社を受けましたが、1社も受かりませんでした。

阿川 印刷会社に入社したものの、1年足らずで辞めちゃった。

松尾 社会的に欠落した人間だという自覚はありましたね。興味がない人とずっと一緒にいるのが苦痛で。朝起きるのも苦手だから会社に遅刻するし。1人でできることを仕事にしないといけないなと。

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阿川 それで漫画家を志す。上京して最初に住んだ成増から下北沢に引っ越されて。下北の部屋は3畳一間って、狭いですねえ。

松尾 物入れが壁から半畳分ほどせり出しているので、実質2畳半。その物入れに足を突っ込まないと、寝られなかったです。

阿川 それでも我が城という感じ?

松尾 面白かったですね。家の居心地の良さとかどうでも良かったですから。藤子不二雄Ⓐさんの『まんが道』が好きなんですけど、トキワ荘に住んでいた頃の藤子不二雄さんのお2人は4畳半で一緒に暮らしていて、そんな漫画家志望の貧乏暮らしに憧れがあったんです。

阿川 下北に住み始めて1、2年で劇団「大人計画」を設立されていますけど、演劇の道も頭にあって?

松尾 最初は両にらみでした。4コマ漫画を描いて出版社に持ち込むけど、うまくいかなくて。参考書や社内広報誌用にイラストを描く仕事をして食いつないでいましたね。

演劇で笑いをやりたかった

阿川 漫画にはけっこうはやい段階で、見切りをつけたんですか。

松尾 1枚描くのにすごい時間がかかるから、生業にするのは厳しいなと。それに僕が描きたかったのはギャグ漫画だったんですけど、流行っていなかったんですよ。

阿川 演劇でやりたい方向性みたいなのはおありだったんですか。

松尾 今もそうですけど、演劇で笑いをやりたかったんです。

阿川 芸人ではなく?

松尾 はい。学生時代、演劇研究会にいたんです。そのときから、自分の身体を使って人を笑わせたい欲求が芽生えて、東京でやってみたいとは思っていたんです。まだ20代前半だったし、1回くらい失敗してもいいから演劇をやってみようと。

阿川 演じるよりも劇作や演出の方に興味があったんですか。

松尾 最初からどちらもやるスタイルでした。

阿川 まずバイトで稼いだお金で下北界隈の芝居をたくさんご覧になって目を肥やされたんですよね。