父との別れ
父の最期に会えたのですが、父の「みいちゃん」と言ってくれる声はもう聞くことができず、ただICUで私の帰りを待っていてくれたんだと思うと、私は、父の最後の頑張りに夜中ではありましたが、また、他の患者さんも多々いるのにもかかわらず大号泣してしまい、父の亡くなる当日の流れや病状説明を、母や兄はしてくれていたにもかかわらず、私は号泣しっぱなしでした。
父は、亡くなる日の朝までは普通に話もできていて、少ないながらも食事も食べられていたそうです。本当に急変したみたいで、母もびっくりしたそうです。父も母も一生懸命働き、家を建て、私たち兄妹を大切に育ててくれました。兄も仕事中の事故で大ケガをして障害を持ってしまいましたが、それでもくじけずリハビリに励み、すごい兄だといまも思います。私は今も父母兄の元にこの家族の一人として生まれて来たことを嬉しく思います。写真のアルバムにはもちろんのこと、私の心の中のアルバムに沢山の入り切らないくらいの思い出をつめてくれているからです。
私はメディアの方々から散々、貧困家庭育ちだと書かれまくりましたが、いまで言うセレブではありませんが、普通の一般的な家庭で育ててもらいましたし、父母兄のことまで、あたかも本当のようにメディアの方々に書かれ、私はとても悲しく思いました。
「何コレ?」と思う記事ばかりでした。私のことだけならまだしも、父母兄のことまで真実と違うことを書かれ、私はとてもショックでしたし、何? 言ってんだろうと思いました。人権ってなんだろう、中立公平って何だろう……と思いました。
いまも色々な方の報道を見たり聞くたびに、益々この思いが強くなる一方の私です。〉