「数字から逃げるな」
「いや、お互い情報交換とか……」
「そんなん無駄や。新人同士の情報交換なんか、ただの悪口と愚痴になるだけや」
誰も口を開かなくなった。藤堂課長は一人ずつ顔を見回していく。私たちはヘビに睨まれたカエルのように黙っていた。
「今この瞬間から守れ。ええな」
「……」
「返事は?」
「はい」
声が揃わない。
「小さい!」
藤堂課長が怒鳴るように言う。
「はい!」
藤堂課長は満足そうにうなずいた。
「明日は朝6時出発や。それまでに退所手続き済ませとけ」
その後も、営業方針や生活態度について矢継ぎ早に話が続いた。
「朝は誰より早く出社」「お客からの電話は3コール以内で出ろ」「上司より先に帰るな」「数字から逃げるな」……。
藤堂課長の大声レクは夜遅くまで続いた。内容の半分も頭に入らず、私は完全にオーバーヒート状態だった。
説明が終わり、ようやく部屋へ戻る。2人部屋の相方は、本社勤務が決まっており、すでに荷物を整理し終え、寝る準備に入っていた。
「さっき廊下まで声が響いてたぞ。名古屋(支店)って、あんな感じなのか。返事までやり直させるなんて、まるで軍隊だな」
「……まあな」
私はあいまいに笑った。
明日の朝、この研修所を出て、名古屋支店営業部で証券マン生活が始まる。のんびりした学生気分はいつのまにかすっかり消え去っていた。