ライトライン建設の大義名分だった渋滞の緩和に関するデータは示されていないが、それまで自動車・バスで通勤通学していた人たちがライトラインへと移動手段を切り替えたことで所要時間が短縮されたであろうことは推測できる。ライトラインによる時間短縮効果が周知されることにより、通勤手段をマイカーからライトラインへと切り替える人が増える相乗効果も期待でき、それは課題だった渋滞の緩和にもつながる。
そしてライトラインは、今年8月に満3年を迎えた。3年を迎える直前に累計の利用者が1500万人を突破した。これは想定していた需要を大きく上回り約7カ月も早い達成で、もはやライトラインは餃子と並び宇都宮のシンボル的なアイコンにもなりつつある。
街の構造を大きく変えた電車の正体
ライトラインの成功譚(せいこうたん)はあちこちで語られているが、その際にイメージを大きく刷新したことで路面電車ではなく、「LRT」と呼ばれることがある。
LRTという用語は、単に路面電車を新しく言い換えただけの表現ではない。LRTはLight Rail Transitの頭文字を取った略称で、そこには「路面電車のような手軽に利用できる公共交通機関を軸にした都市の形成および整備」を含んだ概念が存在している。
ライトラインの成功は利用者数という数字で語られることが多いが、それは数字という客観的かつ一目で理解しやすい指標だから仕方がない面もある。だが、LRTの理念に沿えばライトラインを整備したことによって宇都宮の都市構造が変化したことこそがライトラインが含包する最大の意義でもある。
それではライトラインの開業で、都市構造はどのように変化したのか。
宇都宮に企業・工場が集まったワケ
それを知るためには、高度経済成長期から始まる栃木県と宇都宮市および周辺自治体が取り組んできた企業誘致の政策や都市計画の流れを押さえておく必要がある。少し長くなるが、簡潔に説明しておきたい。