オープンな交際を「監督が一番応援してくれた」

――交際について、特に隠さなかったそうですね。

福士 隠していなかったです。監督に言っておかないとあとあと面倒ですし、付き合っている時、監督が間に入ってくれたりするんです。結局、監督が一番応援してくれていましたね。

 でも、一度別れた時、旦那ちゃんは面倒だったと思いますよ。別れたけど、取材は続いているわけだから。でも、監督から取材を継続する許可を取っていたので、たいしたもんだなぁと思いました。

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――別れた相手から取材されるのに、抵抗はなかったのですか。

福士 そこは、あまりなかったですね。ちゃんとしたものを撮ってくれていましたし。取材自体、普段からそんなにあるわけではないので、思いがけないことを聞かれると、「あー私、今こういう感情なんだ」というのを知ることができるんです。

 彼が取材で自分たちの合宿に来て、ポンッと入ってもらえると、ギスギスした監督との関係がちょっと和む時もあったので、助かりました。

――現役時代、夫の存在が支えになることはありましたか。

福士 ほとんどなかったですね(笑)。ただ、“駆け込み寺”にはなっていました。例えば私が、今ちょっと答えが見つからないんだけど、という時は、彼がいろいろ言ってくれたりしていました。でも、基本的には自分のことは自分でやるし、普段はそこまで頼ることがないって感じです(笑)。

©文藝春秋

「新郎チーム対新婦チームに分かれて…」披露宴で行われた“驚きの催し”

――リオデジャネイロ五輪の後に結婚したそうですね。披露宴は、かなり盛り上がったと聞いています。

福士 旦那ちゃんのテレビ局の力を使い、うちらの陸上部の力も使って増田明美さん、渋井陽子さんを始め、みなさんを呼んで。新郎チーム対新婦チームに分かれて、リレーをしました(笑)。

 私がアンカーだったんですけど、前日、トラックでレースがあったんですよ。だから私は疲れていて、負けちゃいました。

――結婚と同時に引退を考えたりしたのですか。

福士 最初は、リオ五輪で辞めてもいいかなって思っていたんです。その時、旦那ちゃんが「東京五輪、目指そうと思っているなら応援するよ。やれるならやり切った方がいい」って感じで後押ししてくれたんです。それを聞いて、まあそうだなと。

 それで結婚式の時、「東京五輪を目指します、次もやりますんでよろしくお願いします」と言ったら、なんか、すごく盛り上がって。結婚式というよりも、東京五輪に向けての決起集会みたいになりました(笑)。