――「桃太郎」回避の果てに「ドロンズ」になったわけですか。

大島 「桃太郎はちょっとないです、勘弁してください」って言ったら「じゃあこの世にないオリジナルの名前で考えろ」と言われて。ロックやパンクが好きだから、キレイすぎるのもイヤだなと。「ちょっとダーティーでカッコいい名前がいいよな」ってことになって。ドリューンとかいろいろ出していったんです。

 そのうちにマネージャーの小川さんが、「この『ドリューン』とか『ドボーン』に『ブロンズ』をかけて、混ぜて『ドロンズ』ってどう?」と言われて。

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 5つぐらい候補を書いてチーフマネージャーに見せたら、1番目に書いた「ドロンズ」を見て、雑な感じで「もう、これでいい、これでいい」って。

 ドロンズに決まったのが10月下旬、ヒッチハイク出発ギリギリで、もうコンビ名決めなきゃいけなかったんでしょうね。その出発を、僕らは知る由もなかったんですけども。

「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」のときのドロンズの2人。まだ序盤は元気そう

カンペを読んだら拉致されて、そのまま空港へ…

――「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」への伏線は、他にも張られていたのでしょうか。

大島 パスポートですね。石本が持ってなかったので、「今度、海外ロケがあるから」なんて言われて作らされて。併せて海外保険にも入ったんですけど、死亡保険の受け取り人が事務所になっていたんですよ(笑)。

 あとバイト。弁当デリバリーのバイトは、事務所が勝手にバイト先に連絡して「大島は今月いっぱいで辞めるので。ただ本人には内緒にしてください」って。親にも事務所が言って、「息子さんのために内緒にしてください」と。外堀を埋めていったんですね。

――準備が整ったところで、「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」が始動。

大島 いつものように前説していたら、フロアからカンペが出てきて、「僕たちドロンズは、南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイクに行ってきます」と書いてあって。いつもだったら「巻いて」とか書いてあるのに「なんだこれ?」って。でも、読まないと進まないから、読むじゃないですか。そうしたらスタッフがワーッと出てきて、拉致されて、そのままロケバスに乗せられて成田空港に連れて行かれました。

次の記事に続く 424日間の“南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク”から帰国した元ドロンズ・大島直也(55)が下半身に感じた“異変”の正体「死ぬか生きるかの状態だと性欲って…」

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