「お仕置き部屋」と呼ばれる部署へ異動した元証券マンの日野山大氏。そこに集められていたのは、会社に行き場を奪われた優秀なベテランたちだった。逆境下で成果を出そうと意気込む彼だったが、異動から数カ月後、持病を抱える妻から「離婚してほしい」と告げられ……。

 新刊『証券マンひりひり日記――日興証券25年、公益通報の果て、居場所を失い会社を去りました』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目)

写真はイメージ(写真:siro46/イメージマート)

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「追い出し部屋」への初出勤

 首都圏営業部は、中央区日本橋小網町のビルにあった。

 週刊誌の記事が出たあとに改善されたらしく、実際には窓も電話もあった。だが、部屋全体には活気がなかった。「営業部」のはずが電話も鳴らない。朝からずっと新聞を読み続ける人、資格試験の勉強をしている人⋯⋯そこには証券会社特有の殺気だった空気がなく、どこかの待合室のようだった。

 私は営業部の福岡部長にあいさつへ向かった。

「若手のホープだと思っていたキミがここへ来るとは思わなかったよ。転職するつもりであれば、自由にその活動をしてもらって構わない。正直、ここでは誰も期待されていないから」

 私は即座に答えた。

「このまま終わるつもりはありません。必ず成果を出して脱出します」

 部長は少し驚いた顔をした。ここへ来る社員は気持ちが切れ、静かにやりすごす者ばかりだったのかもしれない。