多くの被害者が記憶の間違い、錯覚と思いながら生きている

 会場の観客からは、「主人公の女性は幼い時に肉体的、精神的、性的な虐待を実の父親から受けていたと思われるが、結婚後も父親と同居しているのはなぜか」と質問が出た。

🄫台湾映画上映会2026

シェン これは私のフィールドワークに基づいています。例えば父親から様々な虐待を受けてきた女性たちは、遠いところに逃げる、早く結婚する、もしくは国を出る、そういった選択をします。しかし一方で、本当に多くの被害者が、自分自身が受けた虐待というのは記憶の間違いじゃないか、錯覚じゃないかということを自分に言い聞かせながら生きていました。自分が忘れることによって解決することができると思いながら生きている人がたくさんいるのです。また、華人の世界では両親の世話をしなければならないと幼い頃から刷り込まれていることが多いです。そのためいくら虐待をした親でも、その世話をしなければならない。なかにはその親の生き死をコントロールできるような立場になったんだということを、自分に言い聞かせながらトラウマと向き合っていく場合もあります。それは弱い部分を封じながら強さを出しているので、非常に脆いものになるわけなんですが。こうしたことを多くの取材の中で知り、映画の中に組み込んだのです。

映画『深く静かな場所へ』

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 もう一つ、この映画の主人公は3姉妹の末っ子ですが、家庭に3人、4人子どもがいると、最後に残る子ども、逃げ遅れた者が親の面倒を見ざるを得ない状況になってしまう。そこで自分も逃げ出せばひどい人間というレッテルを貼られてしまう。映画の中でも女性の主人公は、「父親を放置できない自分が憎い」という台詞を言いますが、それがすべてを象徴している言葉だと言えます。