グロックとFSDの連携がもたらすもう一つの意義は、学習データだ。テスラの公表資料によれば、26年時点で累計970万台超のテスラ車両が世界を走る。それらすべてが潜在的なグロックの学習端末となり、「どの家の駐車場」「どのゲートの入り口」という超ローカル文脈の知識を、テスラ車両群が自動的に積み上げていく。他社のAIアシスタントがスマホの画面上で文字や音声の対話を洗練させている間、グロックは1トンを超える車両が時速100キロで走る現実世界に根を張り、学習し続けるというわけだ。
「コード生成」もまた物理世界への道
カーソルの買収も、同じ文脈で読み解ける。カーソルが毎日生成する約1億5000万行の企業向けコードは、グロックの訓練データとなるだけでなく、コードを書く能力そのものが物理世界との接続点となる。
マスク氏はカーソル買収を発表した日、「AIはストックフィッシュ(チェスで人間を凌駕したAIエンジン)レベルのコーディング能力と汎用的なコンピュータ操作を実現する」とXに投稿した。
コードを書けるグロックは、工場の制御システムを自ら書き換え、ロボットのファームウェアを自ら更新する―その可能性を見据えた動きとも解釈できる。
ここまでの流れを整理すると、グロックを巡る一連の動きの輪郭が浮かび上がる。ワードクラウドが示した「運転」「ロボット」「測定」という語彙群、FSDへの統合、そしてカーソルの買収―これらはすべて、AIを物理世界の実行エンジンとして鍛え上げるという一本の軸で貫かれている。
チャットボット市場でのシェアは、マスク氏にとって本質的な測定対象ではない。
25年1月から翌年1月までの1年間で米国のチャットボット市場でのシェアを1.6%から15.2%へと約9.5倍に伸ばしたグロックの急成長も、マスク氏の目には「物理世界への統合に向けた通過点」として映っているはずだ。スペースXのS-1(編集部注:米国における上場目論見書)ではグロックの月間アクティブユーザーを26年3月時点で1億1700万人と開示しているが、この数字はテスラ車両へのグロック統合が本格化した段階で別次元の意味を持ち始める。
マスク氏が25年間語り続けてきた北極星には、人間の代わりに危険な環境で働くロボットが欠かせない。そのロボットに搭載される物理AIエンジンが、これから地上の道路や工場で鍛えられようとしている。グロックは負け組どころか、他のAIとは全く異なる使命を持った別物だったのだ。