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高速の高架下には電信柱と並んでいかにも古い柱がいくつか残っていた。平野線の架線柱に違いない。1980年に廃止されたから、もう50年近く昔のこと。なのにいま、なぜか阿倍野付近にだけ架線柱が残っている。
“あべのハルカス”近くを通っていた
あべのハルカスを仰ぐ阿倍野の交差点では、天王寺駅前から下ってくる阪堺電車上町線と交差する。もちろん平野線が現役だった頃には乗り換え駅で、上町線から平野線に直通する電車も走っていたという。恵美須町という小さなターミナルよりは、天王寺駅や近鉄の阿部野橋駅に近い上町線の方が利便性が高かったのだろう。
ただ、そんな要衝にもかかわらず古い架線柱以外に痕跡は残っていない。架線柱が残っているのもここまでだ。阿倍野交差点から先、平野線は道路上を外れて専用軌道となり、南東に向かって進んでゆく。頭上には阪神高速松原線、地下には地下鉄谷町線。沿線は大阪市郊外の住宅地だ。平野線が具体的にどこを走っていたのかを推し量る術はもはやない。
この間、地下鉄谷町線は文の里・田辺・駒川中野・平野と駅が続く。平野線はそれよりも多く、苗代田・文ノ里・股ヶ池・田辺・駒川町・中野・西平野・平野と細かく刻んでいた。
乗り換え客で「スキマもないほど混雑」
阿倍野区役所に近い地下鉄文の里駅の近くには、文ノ里駅があった。あびこ筋と平野線跡が交差する地点よりも少し東側。高速道路の高架下にはそれを示す案内板が置かれている。




