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連載世界経済の革命児

電気自動車は「人類のため」

イーロン・マスク (テスラモーターズCEO)

2016/08/30

source : 文藝春秋 2016年9月号

genre : ニュース, 経済, 国際

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イーロン・マスク氏

 あの時の衝撃は今でも忘れられない。アクセルを軽く踏み込むと、その車はヒュイーンという静かなモーターの回転音とともに急加速し、後頭部がヘッドレストに押し付けられた。振動や騒音はほとんどない。まるで「魔法のじゅうたん」に乗っているようだ。

 後でスペックを調べると静止状態から時速百キロに到達するまでの時間は三・三秒。速いはずだ。フェラーリ並みの加速力である。

 二〇一二年に発売された米テスラモーターズの電気自動車「モデルS」。今や米国中のセレブが競って購入している。一五年の年間販売台数は五万千三百九十台。世界で最も売れている電気自動車である。

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 テスラの最高経営責任者(CEO)で実質的な創業者とも言えるイーロン・マスク。米国屈指の起業家で、英国人女優タルラ・ライリーと結婚したり、映画「アイアンマン」主人公のモデルになったり。何かと話題を振りまいている。

 マスクは一九七一年、南アフリカの首都プレトリアに生まれ、裕福な白人家庭に育った。当時の南アはアパルトヘイト(人種差別政策)による緊張に満ちており、マスクは白人対黒人、黒人対黒人の暴力を目の当たりにしながら育った。

 スポーツが苦手なマスクは無類の読書家で、中学生の頃、学校の図書館の本を読み漁り、読むものがなくなってからはブリタニカ百科事典を暗記した。地球から月までの距離を聞かれると近地点と遠地点を正確に答えるような子供だった。コミック本も大好きで、いつしか「人類の救済」を夢見るようになった。

 黒人への抑圧を強いられる兵役を嫌ったマスクは母方の親戚を頼ってカナダに渡り、クイーンズ大学に入学。その後米国のペンシルバニア大学に編入した。

 九五年には高エネルギー物理学を学ぶためにスタンフォード大学の大学院に進むが二日で退学し、弟のキンバル・マスクとベンチャー企業を立ち上げた。この会社をパソコン大手コンパックに売ることでマスクは数十億円の資金を手にする。

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